パッケージ王国の黄昏
情報処理王国史 外典第二十七巻
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パッケージ王国の黄昏

CD-ROMという夢の礎、そして静かな幕引き

CD-ROM AOL
この記事について
本記事は実際の技術的・社会的背景に基づいたブラックコメディ仕立ての読み物です。引用・参照はすべて実在の文献・発言・報道に基づきますが、語り口はフィクション的表現を含みます。
かつて、ソフトウェアは「箱」に入っていた。

インターネットへの接続方法は、CD-ROMで郵送されてきた。百科事典は円盤に焼かれて書店に並んだ。深夜の秋葉原に、2万人が行列した日があった。

やがてドライブはPCから消え、棚からパッケージが消え、行列が消えた。誰も悪くなかった——ただ、便利さが先に歩いていっただけだ。

これは、銀の円盤が輝いていた、あの短い黄金時代の記録である。


CH.01

円盤の降臨

▸ あらすじ
1982年、音楽用CDが日本で世界初発売された。その後、同じ円盤技術がコンピュータ用途に転用され、フロッピーディスクの450枚分を一枚に収めるCD-ROMとして登場。1988〜89年、ゲーム機・パソコン両方でCD-ROMドライブが搭載され始め、円盤王国の扉が開く。

音楽から情報へ ― 円盤の変容

1982年10月1日。ソニーとフィリップスが共同開発した小さな銀の円盤が、日本の量販店に並んだ。

直径12センチ。重さ約15グラム。音楽を「光」で読み取るという、それまでの常識を覆す媒体——コンパクトディスク(CD)の誕生だ。アナログレコードの時代を生きてきた人々は、傷一つつけても音が飛ばないその円盤に、未来を見た。

しかし技術者たちの野心は、音楽だけで終わらなかった。1985年、国際標準規格「イエローブック」が策定される。CDに音楽だけでなく、あらゆるデジタルデータを焼き付ける規格、それが「CD-ROM」だ。

【用語解説】CD-ROM
“Compact Disc Read-Only Memory” の略。音楽CDと同じ直径12センチの円盤に、最大約650メガバイト(MB)のデジタルデータを記録できる読み取り専用メディア。当時の3.5インチフロッピーディスク(1.44MB)に換算すると、約450枚分の容量にあたる。「ROM(読み取り専用メモリ)」の名の通り、書き込みはできない。

650MB、フロッピー450枚分の容量。この数字が、一つの時代を作ることになる。

ゲーム機とパソコン、最初の搭載

1988年12月、PCエンジン用の周辺機器「CD-ROM²システム」が発売される。世界初のCD-ROM対応ゲームシステムだ。大容量を活かしたアニメ映像、音声付きゲーム——フロッピーやカセットでは不可能だったコンテンツが、家庭のテレビに流れ込んだ。

翌1989年11月、NECがデスクトップPC「PC-8801MC」を発売した。日本で初めてCD-ROMドライブを搭載できる機種だ。価格はドライブ別売りモデルで169,000円、CD-ROMドライブ標準搭載モデルで199,000円。ゲーム、百科事典、マルチメディアコンテンツ——光の円盤が、情報の新しい器として注目を集めた。

円盤王国の扉が、ゆっくりと開いた。


CH.02

雑誌という名の配達員

▸ あらすじ
1993年頃から、日本のパソコン雑誌の付録がフロッピーからCD-ROMへ移行。「雑誌を買えばソフトウェアが手に入る」という独自の付録文化が花開き、雑誌は情報誌である前に「ソフトウェアの配達員」となった。

フロッピーから銀盤へ ― 容量の革命

1990年代。日本のパソコン雑誌に異変が起きていた。

厚さがどんどん増している。ページ数ではない。「付録」だ。

月刊ASCII、PC USER、DOS/V POWER REPORT、Oh! PC——名だたるパソコン誌が、こぞってフロッピーディスクの付録をつけ始めた。しかし1993年頃からその付録は、銀色の薄い円盤に変わった。CD-ROMだ。

【用語解説】付録CD-ROM
1990年代の日本のパソコン雑誌は、本誌の購入特典としてCD-ROMを付属させる「付録文化」を発展させた。フリーソフトの詰め合わせ、体験版ゲーム、壁紙・フォントコレクション、動画クリップなどが収録され、「CD-ROMがあるから雑誌を買う」という読者行動が生まれた。

650MBの容量は、かつて一枚一枚配布していたフロッピーでは到底配れなかった量のソフトウェアを、一度に届けることができた。フリーソフト数百本、シェアウェアの体験版、人気ゲームのデモ版——雑誌は情報誌であると同時に「ソフトウェアの配達員」になった。

読者は毎月、雑誌を買うたびに宝探しをした。何が入っているかわからないCD-ROMを光に透かし、読み込ませ、インストールした。それ自体が一種の娯楽だった。

この付録CD-ROM文化は日本独自の発展を遂げた。欧米でも雑誌の付録ディスクは存在したが、日本ほど体系的に発達した例は珍しい。月刊ASCIIは1997年7月号の創刊20周年記念号に「ASCII HISTORY DISC」と題した特製CD-ROMを付録として配布した。雑誌の歴史を円盤に刻む——時代のメタファーだった。


CH.03

インターネットをCD-ROMで届けよ

▸ あらすじ
1990年代後半、AOLはインターネット接続ソフト入りのCD-ROMを世界中にばらまいた。世界のCD生産の半分にAOLのロゴが入っていたとも言われる。日本でも各プロバイダが接続キットを配布。「インターネットの入口をインターネット以外で届ける」逆説の時代。

インターネットを「郵便」で届ける ― AOLの絨毯爆撃

1990年代後半、ある逆説が世界を席巻した。

「インターネットにつながるためのソフトウェアを、インターネットではなくCD-ROMで配布する」

その旗手がAOL(America Online)だ。1985年に設立された米国最大手のインターネットサービス企業である。

AOLは1996年頃から、接続ソフトが入ったCD-ROMを、書籍の付録に、雑誌の折り込みに、ピザ店のチラシとともに、コーヒーショップのカウンターに、空港のロビーに、ありとあらゆる場所にばらまいた。その規模は凄まじく、「ある時期、世界で生産されるCDの半分にはAOLのロゴが入っていた」とまで言われる。

かつて世界で生産されるコンパクトディスクのおよそ半分には、AOLのロゴが入っていた。
— WIRED.jp「AOLの無料配布CD-ROMがコレクターズ・アイテムに」(2001年8月) より

AOLの当時のマーケティング最高責任者であるジャン・ブラント氏の推計によれば、同社はこの無料配布CD-ROMキャンペーンに3億ドル以上を費やしたとされる。しかしその効果は絶大で、加入者数は1996年の150万人から数年で4,600万人へと膨らんだ。

日本のプロバイダも同じ道を

日本でも同様の光景があった。1997年4月に日本語版サービスを正式開始したAOLジャパンは、CD-ROMを通じた加入者獲得を試みた。それより前から、ニフティサーブ(のちのnifty)、So-net、@niftyなどの国内プロバイダーも接続キットのCD-ROMを雑誌付録や店頭で配布していた。

【用語解説】インターネット接続キット(CD-ROM)
1990年代後半、インターネットサービスプロバイダ(ISP=ネット接続事業者)は、ダイヤルアップ接続のための設定ソフト・ブラウザ・メールソフト等をまとめたCD-ROMを配布した。当時はインターネットからソフトをダウンロードすること自体が困難だったため、インターネットへの入口を物理メディアで届けるという逆説的な形態が採用された。

インターネットは、自分自身の入口を郵便で届けていた。この構造的な笑いは、「デジタル時代の入り口はアナログだった」という、歴史の一ページに静かに刻まれている。


CH.04

箱の神聖性

▸ あらすじ
1995年11月23日、Windows 95日本語版の深夜発売に秋葉原で2万人が集結。ゲームショップの棚に並ぶパッケージソフトは「所有物」であり、インストールの儀式はソフト取得の実感だった。箱・マニュアル・CD-ROMが「価値」を可視化していた時代。

Windows 95発売 ― パッケージの最高潮

1995年11月23日、勤労感謝の日の深夜。

秋葉原に、2万人が集まったと言われる。

目的は一つ。「Windows 95日本語版」の購入だ。マイクロソフトが投入したこの新しいOS(オペレーティングシステム=パソコンを動かす基本ソフト)は、発売前から異様な熱気に包まれていた。深夜0時の発売に合わせて、秋葉原の量販店や小売店は軒並み深夜販売を実施した。

当時の販売価格は新規インストール版が29,800円、アップグレード版が13,800円。決して安くはない。しかし人々は並んだ。並んで、箱を受け取り、抱きしめて帰宅した。中にはパソコンを持っていないにもかかわらず、Windows 95のパッケージを「記念品」として購入した人もいたと伝えられる。

【用語解説】パッケージソフト
ソフトウェアをCD-ROM等の物理メディアに記録し、箱(パッケージ)に入れて販売する形態。1980〜2000年代に主流だった。箱にはCD-ROM本体のほか、分厚い印刷マニュアル、ライセンス証書、シリアルナンバーが記載されたカード、場合によってはステッカーや周辺グッズが含まれた。「ソフトウェアを所有する」ことの物理的な証明だった。

インストールという名の儀式

この時代、パッケージソフトは「所有物」だった。ゲームショップの棚に並ぶ箱の列は壮観だった。大きな箱、厚いマニュアル、光沢のある印刷——ソフトウェアは手に取れるものだった。CDを取り出してドライブに挿れ、インストールの進捗バーを眺め、完了のメッセージを読む。この一連の儀式が「ソフトを手に入れた」という実感を与えた。

秋葉原のパソコンショップには、壁一面にパッケージが並んでいた。表計算ソフト、ゲーム、年賀状作成ソフト、辞書、百科事典——あらゆる用途に対応した箱が、整然と、あるいは雑然と、鎮座していた。

パッケージの厚さには意味があった。マニュアルが分厚いほど、機能が豊富に見えた。箱が大きいほど、価値があるように感じられた。ソフトウェアは「形のないもの」だったが、その形のなさを、箱とCD-ROMと印刷物が補っていた。


CH.05

ドライブの消滅

▸ あらすじ
2003年、SteamとiTunes Music Storeがデジタル配信の時代を切り拓いた。2005年のソニー・BMGのDRM問題が物理メディアへの信頼を揺るがし、2012年のMacBook AirがDVDドライブを廃止。2022年にはPlayStationソフトのDL比率が93%超に。静かに、しかし確実に、円盤は消えていった。

ドライブが消えた日 ― 薄型PCと配信革命

変化は静かに、しかし確実に訪れた。

2003年9月、Valveが「Steam」を正式にリリースした。PCゲームをインターネット経由で購入し、即座にダウンロードして遊べるプラットフォームだ。当初は自社ゲームの配信のみだったが、2005年以降にサードパーティが参入し、急速に拡大した。

同年、Appleが「iTunes Music Store」を開始。楽曲が1曲99セントでダウンロードできる時代が来た。CDを買いに行く必要がなくなった。

2005年、ソニー・BMGが音楽CDに搭載したコピー防止技術・DRM(Digital Rights Management=デジタル著作権管理:音楽や映像の不正コピーを防ぐ技術的な保護措置)が、ユーザーのPCに無断でソフトウェアをインストールしていた問題が発覚した。大規模なリコールと訴訟に発展し、物理メディアをめぐる信頼が揺らいだ。

【用語解説】デジタル配信(ダウンロード販売)
ソフトウェアや音楽・映像などのコンテンツをインターネット経由で購入・取得する販売形態。物理メディアや店舗在庫が不要で、購入後すぐに利用できる。2000年代後半以降、ゲーム・音楽・映像業界でパッケージ販売を急速に代替していった。

パッケージ棚の閉店ラッシュ

日本のゲームショップは、2010年代に入ると次々と閉店した。かつてパッケージで溢れていた棚は縮小し、フロアはソーシャルゲームのプリペイドカードや周辺機器に置き換わっていった。

そして2012年、Appleが「MacBook Air」でDVDドライブを搭載しないことを標準とした。薄型化のためだった。その後、ノートPCからCD/DVDドライブが消えていくのに、数年かからなかった。

2022年のデータでは、ソニー・インタラクティブエンタテインメントのゲームソフト売上に占めるダウンロード販売の割合は93.6%に達した。かつて秋葉原に2万人を集めたパッケージの時代は、数字の上ではほぼ終わっていた。

2022年度のゲームソフト販売において、デジタル(ダウンロード)販売が占める割合は、PlayStation プラットフォームでおよそ9割を超えるまでに拡大している。
— みずほ銀行産業調査部「コンテンツ産業の展望2022」より

CH.06

王国の年代記

▸ あらすじ
1982年の音楽CD誕生から2022年のDL比率93%超まで、円盤王国の40年間を年代順に記録する。
1982年10月 ソニー・フィリップス共同開発の音楽CDが日本で世界初発売
1985年 CD-ROMの国際標準規格「イエローブック」策定。データ記録用円盤の規格が確立
1988年12月 PCエンジン用「CD-ROM²システム」発売。世界初のCD-ROM対応ゲームシステム
1989年11月 NEC「PC-8801MC」発売。日本初のCD-ROM搭載可能パソコン(169,000円〜)
1993年頃〜 Windowsの普及に伴い、パソコン雑誌の付録がフロッピーからCD-ROMへ移行開始
1995年11月23日 Windows 95日本語版発売。秋葉原に深夜2万人が集結するお祭り騒ぎに
1997年4月 AOLジャパン正式サービス開始。CD-ROM配布によるインターネット加入促進
2000年代前半 パソコン雑誌の付録CD-ROM文化が最盛期。百科事典・辞書のCD-ROM化が進む
2003年9月 Steamサービス開始。PCゲームのデジタル配信時代の幕開け
2005年 ソニー・BMGのDRMソフト問題発覚・リコール。物理メディアの信頼が揺らぐ
2008年頃 月刊ASCIIが実質的に「Business ASCII」へ移行。付録CD-ROM文化が終焉へ
2012年 MacBook AirがDVDドライブを非搭載化。薄型ノートPCの「ドライブなし」が標準に
2010年代 日本各地でゲームショップ・パソコンショップが相次いで閉店
2022年 PlayStation プラットフォームのゲームソフト、DL販売比率が93%超に到達

CH.07

誰も悪くない——そして、ほんのすこし惜しい

▸ あらすじ
CD-ROMは十分な役割を果たした。パッケージを愛した人々も合理的だった。利便性と経済合理性が静かに物理メディアの需要を溶かしていっただけだ。誰かが悪意を持って終わらせたわけではない——ただ、少しだけ惜しい。

功罪の評価 ― CD-ROMは悪くなかった

ここで、公平を期すために言わなければならないことがある。

CD-ROMは、悪くなかった。

フロッピーでは不可能だった容量でコンテンツを届け、百科事典を家庭に広め、ゲームに音声とムービーをもたらし、インターネットへの入口を物理的に手渡した。その功績は、消えゆく今だからこそ、正確に評価されるべきだ。

パッケージを愛した人々も、正当だった。

「所有する実感」は人間の原始的な欲求だ。ダウンロードしたゲームには、棚に並べることができない。割れてしまっても捨てられない。停電でも読める分厚いマニュアルがない。ショップで手にとって眺めることができない。——これらの喪失は、効率化という言葉では完全には補えない。

2018年のゲームメディア「Game*Spark」の読者調査では、「ゲームの購入はダウンロードが主」と答えた人が多数を占めたが、「パッケージ版を好む理由」の上位には「コレクションとして所有したい」「売買・貸し借りができる」が挙げられていた。

【用語解説】コレクション的価値(物理メディアの)
パッケージ版ソフトは「転売できる」「棚に並べられる」「廃サービス後も手元に残る」という特性を持つ。デジタル配信版はサービス終了によって購入済みタイトルが遊べなくなるリスクがある。物理メディアのコレクション的・保存的価値は、今なお一部の層に確かに支持されている。

それでも残る「惜しい」という感覚

なぜパッケージ文化は終わったのか。誰かが悪意を持って終わらせたわけではない。利便性と経済合理性が、静かに、しかし着実に、物理メディアの需要を溶かしていった。

今でも任天堂Switchのパッケージ版は相当数が売れている。プレミアがつくパッケージ版ゲームも多い。「円盤への愛着」は、完全に過去のものになったわけではない。

ただ——「ちょっと惜しかった」という感覚を、完全に否定できる人は、多くないはずだ。

秋葉原の深夜行列も、雑誌付録のCD-ROMを光に透かして眺めた午後も、インストールが完了した瞬間の達成感も、全部、確かにあったのだから。

── あなたの書棚に、今でも箱入りのパッケージソフトは残っていますか?

かつて、箱の中に夢があった。
光を帯びた銀の円盤が、
ドライブに吸い込まれ、
読み取りのLEDが点滅し、
インストールのバーが、
ゆっくり、右へ進んでいった。
その数分間、
世界は止まっていた。
今、ソフトウェアは一瞬でやってくる。
ダウンロードは終わり、
アイコンが現れ、
何も始まっていないのに、もう始まっている。
それは確かに、便利だ。
ただ、あの「待つ時間」の中に、
誰かが何かを込めていた——
そんな気がしないでもない。
―― 読み込み 完了

参考・引用資料
WIRED.jp「AOLの無料配布CD-ROMがコレクターズ・アイテムに」(2001年8月7日)
TechCrunch「How Much Did It Cost AOL To Send Us Those CDs In The 90s? ‘A Lot!,’ Says Steve Case」(2010年12月)
Smithsonian Magazine「Remember These Free AOL CDs? They’re Collectibles Now」(2017年)
Internet Watch「オンラインサービス『AOL』が4月から日本で正式サービス開始」(1997年3月25日)
mineo スタッフブログ「Windows 95が発売された歴史的な一日。秋葉原にいた人は何を見たか」
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