SNS三国志の興亡
情報処理王国史 外典第三十巻
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SNS三国志の興亡

mixi・GREE・モバゲー、覇権を争った王国たちの記録

SNS SANGOKUSHI
この記事について
本記事は実際の技術的・社会的背景に基づいたブラックコメディ仕立ての読み物です。引用・参照はすべて実在の文献・発言・報道に基づきますが、語り口はフィクション的表現を含みます。
▶ あらすじ
2004年、日本のインターネットに「招待されないと入れないSNS」が登場した。日記・足あと・マイミク——mixiはそれだけで1800万人を集め、一つの文化を生んだ。

同じ年、ガラケーを舞台に勃興したGREEとDeNA/モバゲーは、無料ゲームと課金の組み合わせで「錬金術」を完成させ、東証一部上場まで駆け上がった。

しかし2012年、消費者庁のコンプガチャ規制が宴を終わらせ、翌年スマートフォンが全員の土台をひっくり返した。三つの王国は、誰も悪くないまま、静かに退いた。
CH.01

招待された楽園

1.1 鍵のかかった扉

西暦2004年2月。日本のインターネットに、珍しい扉が現れた。

名をmixi(ミクシィ)という。

この扉には鍵がかかっていた。入るには、すでに中にいる誰かから「招待状」を受け取らなければならない。知り合いの知り合いでなければ、入れない。見知らぬ人間に声をかけられることもない。インターネットの広大な荒野の中に、ぽつんと現れた「身内だけの安全な集落」だった。

創業者の笠原健治は、この閉鎖性を意図的に設計した。当時のネットは荒れていた。2ちゃんねるでは罵倒が飛び交い、出会い系サイトは詐欺業者に汚染されていた。そのカウンター思想として、mixiは「信頼できる人間関係を持ち込む」ことを設計原理とした。

1.2 「足あと」という発明

ユーザーたちは日記を書き、コメントを残し、「足あと」でお互いの訪問を確認し合った。足あとは、デジタル時代における「表札の前に立った証拠」だった。誰かが来た、見てくれた、それだけで少し嬉しい。その機能のためだけにmixiを開くユーザーも多かった。

【用語解説】足あと(あしあと)
mixiの独自機能。他のユーザーのプロフィールや日記ページを閲覧すると、そのユーザーに「誰が訪問したか」が記録・表示される仕組み。「誰かが見に来た」という通知であり、返訪(お返し訪問)の文化を生んだ。SNSにおける「いいね」的コミュニケーションの原型とも言えるが、もっとじっくりとした双方向性を持っていた。

2009年9月時点でmixiの会員数は約1792万人に達した。当時の日本のインターネット利用者の約4人に1人がmixiを使っていた計算になる。ユーザーたちはそこで日記を書き、趣味のコミュニティで語り合い、「マイミク(マイミクシィ)」という言葉を使って、現実の友人関係のデジタル版を丁寧に育てた。

これは楽園だった。少なくとも、しばらくの間は。


CH.02

ガラケー王国の勃興

2.1 趣味の延長から生まれた帝国

同じ2004年2月、別の王国が産声を上げていた。

田中良和——当時28歳、楽天の社員——が、趣味で作ったSNSサービスを公開した。名をGREE(グリー)という。

GREEはmixiと同じくSNSだったが、初期から「携帯電話(ガラケー)」を主戦場とした。PCで日記を書く文化のmixiに対し、GREEはあの小さな画面の中で成立する設計を追求した。法人化した2004年12月時点で、すでに会員数は10万人を超えていた。田中は楽天を辞め、GREEに専念した。

2.2 もう一つの雄、モバゲー

そして2006年2月、もう一人の主役が現れる。

DeNA(ディー・エヌ・エー)の「モバゲータウン」——通称モバゲー——である。DeNAは1999年に南場智子(なんば・ともこ)が設立したeコマース企業だったが、フィーチャーフォン(ガラケー)の普及を見てモバイル事業に大きく舵を切った。モバゲーは無料ゲームとSNSを組み合わせた、新しい形のプラットフォームだった。

ゲームは無料だった。しかし、中には「アイテム課金」という仕組みがあった。より強い装備を手に入れるには、現実のお金が必要になる。ゲームは無料で始められるが、本気になると課金が必要になる構造——のちに「フリーミアム」と呼ばれるモデルの、日本における先駆けだった。

【用語解説】フリーミアム(Freemium)
「フリー(無料)」と「プレミアム(有料・高品質)」を組み合わせた造語。基本サービスを無料で提供し、より高度な機能やアイテムを有料で販売するビジネスモデル。モバゲーやGREEはゲームへの入場は無料としつつ、ゲーム内アイテムの販売で収益を上げた。

2011年7月時点でモバゲーの会員数は3000万人に達した。GREEも同時期にグローバルで2億ユーザーを標榜するまでに成長した。日本の携帯電話という「ガラパゴス」の中で育ったSNSが、ガラパゴスのまま巨大化した。


CH.03

錬金術師たちの饗宴

3.1 世界初のモバイルソーシャルゲーム

2010年前後、ソーシャルゲームは文字通り「金を生む機械」になった。

GREEの2007年5月24日リリース「釣り★スタ」は、世界初のモバイルソーシャルゲームとされる。釣りゲームというシンプルな仕掛けの中に、友人に自慢できる要素と、より良い道具を求める欲求が巧みに組み込まれていた。

モバゲーでは「怪盗ロワイヤル」が爆発的にヒットした。プレイヤーが互いに攻撃し合い、より強いカードやアイテムを集めるという構造が、ユーザーの競争心と課金意欲を同時に刺激した。

3.2 課金という錬金術

課金額はどんどん膨らんだ。月に数万円を使うユーザーが続出し、会社員が給料のほぼ全額をゲームに注ぎ込む事例も報道された。ゲームの設計者たちは「ユーザーが自発的に選んだ行動だ」と言い、批判者は「射幸性(ギャンブル的な興奮を煽る性質)を意図的に設計している」と言った。

どちらも、正しかった。

GREEは2008年12月に東証マザーズに上場し、翌2010年6月には東証一部(現・東証プライム)に指定替えとなった。DeNAも上場し、それぞれの株価は急上昇した。ゲームという「遊び」が、日本を代表するIT企業の成長エンジンになった瞬間だった。

【用語解説】ソーシャルゲーム(Social Game)
SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)上で動作し、友人との交流や競争要素を組み込んだゲームの総称。スマートフォンやガラケーのブラウザ上で動作する簡易なものが多かった。この時期は「ブラウザゲーム」「ソシャゲ」とも呼ばれた。

CH.04

コンプガチャ・ショック

4.1 審判の日

2012年5月、錬金術師たちに審判が下った。

消費者庁は同年5月18日、ソーシャルゲームの「コンプリートガチャ(コンプガチャ)」が景品表示法に定める「カード合わせ」に該当し、違法である旨の正式見解を表明した。7月1日からの運用適用が決定した。

コンプガチャとは何か。複数の異なるカード(アイテム)を集め、「コンプリート(全種類揃える)」することでレアなアイテムを入手できる仕組みである。1枚1枚はガチャ(ランダム抽選)で手に入るため、揃えようとすれば莫大な課金が必要になる。なかには数十万円を費やしてもコンプリートできないケースもあった。

「コンプガチャは具体的に何がいけないのか——複数のカードを揃えることで特定の景品が得られる仕組みは、景品表示法が禁止する『カード合わせ』に当たる。こうした指摘は、ソーシャルゲームの急拡大により、初めて行政の視野に入ることになった。」
— ファミ通.com「コンプガチャは具体的に何がいけないのか?消費者庁発表資料を読み解く」(2012年5月)より要約

4.2 株価と規制の連鎖

規制報道が最初に出たのは大型連休中の5月5日前後だった。連休明け5月7日にはGREEとDeNAの株価が急落し、同月9日には両社がコンプガチャの終了を正式発表した。「コンプガチャショック」と呼ばれたこの一連の動きは、ソーシャルゲームバブルの終わりの始まりだった。

【用語解説】景品表示法(けいひんひょうじほう)
正式名称「不当景品類及び不当表示防止法」。消費者が不当に誘引されることを防ぐための法律。「カード合わせ」とは、複数のカードを揃えることで景品を得られる懸賞方法のことで、昔から規制対象となっていたが、デジタルゲームにも同様の規制が適用された。

2012年11月8日、業界団体「一般社団法人ソーシャルゲーム協会(JASGA)」が発足した。NHN Japan・GREE・CyberAgent・DeNA・Dwango・Mixiの6社協議会によって設立され、共同会長・代表理事にはDeNA代表取締役の守安功と、GREE代表取締役の田中良和が就任した。昨日まで競い合っていた王国たちが、規制という「外圧」によって同じ壇上に立った。


CH.05

足あとが消えた日

5.1 改修という地雷

2011年6月、mixiは「足あと機能」を改修した。

それまでの足あとは、誰が何時に自分のページを訪れたかをリアルタイムで確認できる機能だった。これがmixiの独自文化を支える根幹だった——「誰かが来た」「見てくれた」という小さな確認が、ユーザーに日記を書き続ける動機を与えていた。

新仕様では、訪問者は「1週間後にまとめて表示」に変わった。リアルタイムの足あとは消えた。

5.2 26万人の署名

ユーザーの反応は激烈だった。「mixi足あと機能改悪反対!」と名付けられたコミュニティには、発足後わずか数日で26万人のユーザーが参加した。1万7000件の署名も集まった。この廃止を機にmixiを退会したユーザーも多数に上った。

「揺れるミクシィ、SNSの老舗はなぜ間違えたのか——SNSの最大の財産はユーザーの信頼であり、機能変更によってその信頼を損なった。mixiが目指したのはTwitterでもFacebookでもなかったにもかかわらず、独自文化を捨てて他社サービスに近づこうとした結果、どちらでもない何かになってしまった。」
— 日本経済新聞「揺れるミクシィ、SNSの老舗はなぜ間違えたのか」(2012年6月)より要約

2009年頃から日本でもTwitterの利用が急増し、著名人がリアルタイムに発言するスタイルが広まっていた。Facebookは2011年頃から実名SNSとして日本のビジネス層に浸透した。mixiはこれらへの対抗上、「開かれたSNS」への転換を図ろうとした。しかし、ユーザーが求めていたのは「開かれた場所」ではなく、「丁寧に管理された身内の空間」だった。

足あとが消えた日から、mixiのアクティブユーザーは静かに、しかし確実に減り続けた。


CH.06

スマートフォンという黒船

6.1 LINEという刺客

2011年6月、別の「新顔」が日本のモバイル市場に現れた。

LINE(ライン)である。NHN Japan(現・LINE株式会社)が提供したこのメッセージアプリは、スマートフォン専用として設計されていた。友人同士でグループを作り、写真を送り、スタンプ(絵文字の進化版)でリアクションする。シンプルで直感的で、無料だった。

問題は、これがGREEとモバゲーの設計思想と根本から相容れないことだった。

6.2 ガラケー設計という呪い

GREEとモバゲーは「ガラケー(フィーチャーフォン)」のブラウザ上で動作する前提で作られていた。画面は小さく、通信速度は遅く、操作は方向キーとボタンが中心だった。サービス設計全体が「ガラケー最適化」だったのだ。

2010〜2012年にかけて、日本でもiPhoneとAndroidスマートフォンが急速に普及した。スマートフォンは大きなタッチスクリーン、高速通信、アプリストア経由のネイティブアプリを持っていた。ガラケー用のブラウザゲームは、突然「時代遅れのもの」になった。

【用語解説】ネイティブアプリ
スマートフォンのOS(iOSやAndroid)向けに専用に開発されたアプリケーション。ブラウザ上で動作する「ブラウザゲーム」と異なり、端末の機能(カメラ、GPS、タッチパネルなど)を最大限に活用できる。GREEやモバゲーはブラウザゲームが主力だったため、ネイティブアプリが普及したスマートフォン時代への適応に苦慮した。

GREE、DeNAともにスマートフォン対応に多額を投じたが、ガラケー時代に構築したユーザー基盤の再現は難しかった。特に若年層は、スマートフォン上のLINEやTwitter、そしてiOS/Android向けネイティブゲームへと移行した。2013〜2014年にかけて、両社の売上は急激に落ち込んだ。スマートフォンという新しいプラットフォームの出現が、ガラケー王国そのものを時代遅れにしていたのだ。

あなたがmixi・GREE・モバゲーを使っていたとしたら、それはいつの話だろうか。
スマートフォンに移行したとき、何も感じなかっただろうか。
それとも、何かが終わった感覚があっただろうか。

CH.07

王国の年代記

2003年秋 田中良和、個人趣味としてGREEの開発を開始
2004年2月 GREE・mixi、同月公開。二つの王国が同じ月に誕生
2004年12月 グリー株式会社設立。会員数10万人超
2006年2月 DeNAがモバゲータウン開始。無料ゲーム+SNSの新形態
2007年5月24日 GREEが「釣り★スタ」リリース。世界初モバイルソーシャルゲーム
2008年12月 グリー株式会社、東証マザーズ上場
2009年9月 mixiの会員数、約1792万人に達する
2010年6月 グリー株式会社、東証一部(現プライム市場)に指定替え
2010年10月 モバゲーの会員数2050万人。アイテム売上高480億円
2011年6月 mixi、足あと機能を改修。26万人が反対コミュニティ参加。LINE、サービス開始
2011年7月 モバゲーの会員数3000万人に達する
2012年5月7日 連休明け、コンプガチャ報道でGREE・DeNA株価急落
2012年5月9日 GREEとDeNA、コンプガチャ終了を正式発表
2012年5月18日 消費者庁、コンプガチャが景品表示法違反との正式見解を表明
2012年11月8日 ソーシャルゲーム協会(JASGA)発足。6社協議会による設立
2013〜2014年 GREEとDeNAの売上急落。スマートフォン移行の遅れが顕在化
2015年以降 mixi、モンスターストライク(スマホゲーム)に活路を見出し経営継続

CH.08

誰が悪かったのか

8.1 明確な悪役のいない物語

王国が滅びた後、人々はしばしば問う。「誰が悪かったのか」と。

しかし、この物語には明確な悪役がいない。

mixiは「ユーザーが求めるもの」を改修しようとして、「ユーザーが大切にしていたもの」を壊した。GREE・DeNAはユーザーの心理を巧みに利用する仕組みを設計したが、それを好んで使い続けたのはユーザー自身だった。コンプガチャは違法と判定されたが、それまでは誰も止めなかった。スマートフォンは突然来たのではなく、iPhoneは2007年にすでに米国でデビューしていた。

8.2 誰も悪くない、という構造

各企業はそれぞれの論理の中で、合理的に行動していた。ユーザーは与えられた仕組みの中で、自発的に選択していた。規制当局は法律の範囲で動いていた。

それなのに、気づいたら王国は消えていた。

これが「誰も悪くない調整問題」というものの本質である。個々の判断は正しくても、全体の帰結が誰も望まなかった方向に向かう。そしてプラットフォームの覇権は一世代で交代する。SNSは日記文化を変え、ガラケーゲームはコンプガチャを生み、スマートフォンはその全てを刷新した。次の刷新も、もう始まっているかもしれない。

足あとは消えた。しかし、誰かが「見ていた」という記憶は、案外しぶとく残るものだ。

あなたは今、どのSNSにいるだろうか。
そのSNSも、10年後に「そういえばあったね」と語られる王国になるかもしれない。

閲覧者よ、記録せよ。
この王国の民は、互いに日記を書き、
足あとを追い、ガチャを引き、
画面の前で笑い、怒り、そして課金した。
誰かに見てもらいたかっただけだった。
―― 接続、維持

参考・引用資料
ミクシィ運営者ブログ「ありがとう mixi 15周年」(2019年3月)
日本経済新聞「揺れるミクシィ、SNSの老舗はなぜ間違えたのか」(2012年6月)
ITmedia「収束しそうにないmixi『足あと』問題」(2011年8月)
消費者庁「コンプリートガチャに関する景品表示法上の考え方」(2012年5月18日)
日本経済新聞「コンプガチャ全廃へ グリー・DeNA・サイバーなど」(2012年5月9日)
ITmedia「コンプガチャは違法、規制は7月1日から――消費者庁」(2012年5月18日)
ファミ通.com「コンプガチャは具体的に何がいけないのか?」(2012年5月)
JASGA発足プレスリリース(GREE・DeNA・ミクシィ各社公式)(2012年11月8日)
グリーホールディングス株式会社 公式サイト「釣り★スタ」紹介ページ
ダイヤモンド・オンライン「元ゲーム少年が趣味で始めたSNSが1000万加入でマザーズ時価総額1位に グリー社長 田中良和」