キュレーション王国の興亡
検索の頂を「まとめ」で埋め尽くした国が、一夜で姿を消すまで
この物語は、2014年から2017年にかけて日本で実際に起きた「キュレーションメディア」をめぐる騒動を、報道や調査報告書などの公開資料にもとづいて再構成したものです。年号・人名・数値は公開資料で確認していますが、語り口には「王国の歴史書」というフィクションの体裁を含みます。特定の企業や人物をおとしめる意図はありません。むしろ、明確な悪人がいないのに、検索順位という「ものさし」が記事の品質を静かに駆逐していった、その構造を記録するための一冊です。
体の不調をスマホで検索すると、いちばん上に出てくる。読みやすく、見出しも親切で、関連リンクもたっぷりある。多くの人が、その記事を信じた。
だが、その記事を書いていたのは医師ではなく、1本あたりわずかな報酬で大量に発注された名もなき書き手たちだった。そして記事の中身は、他人が書いた文章を「似ないように」言い換えて並べ直したものだった。
これは、検索結果の頂上をたった数年で「まとめ記事」が埋め尽くし、そしてある冬の夜、十のメディアが一夜にして姿を消した――誰も明確な悪意を持っていなかったのに、全員の合理が噛み合って暴走した王国の物語である。
王国の建国
2014年(平成26年)10月、ゲーム会社として知られる DeNA(ディー・エヌ・エー。携帯ゲームなどを手がける東証一部上場企業)が、新しい領域へ大きく踏み出した。
同社は、住まい・インテリアの情報サイト「iemo(イエモ)」を運営する会社を約15億円で、女性向けファッションサイト「MERY(メリー)」を運営するペロリを約35億円で、合わせておよそ50億円で買収したのである。狙いは「キュレーションプラットフォーム」という新事業だった。ゲームで稼いだ会社が、次は「情報をまとめて届ける王国」を築こうとしたのだ。
王国はやがて、住まい、旅行、ファッション、料理、暮らし――と次々に領土を広げ、最終的に十のメディアを擁する大帝国へと成長していく。
量産の錬金術
王国の繁栄を支えたのは、記事を恐ろしい速さで生み出す仕組みだった。
記事を書くのは、社内の専門家ではない。インターネットを通じて不特定多数の人に仕事を発注する「クラウドソーシング」を使い、1本あたり数百円ほどの低い報酬で、大量の外部ライターに執筆を任せたのである。ライターに渡されたのは取材先ではなく、「参考にすべき他サイトの一覧」と「書き方マニュアル」だった。
報道によれば、そのマニュアルには「参考サイトに似ないように文章を作るコツ」が記されていたという。丸ごとのコピーは禁じる。だが、他人の文章を自分の言葉に言い換えて並べ直す――いわゆる「リライト」は推奨する。こうすれば、元ネタがあっても「自分で書いた記事」の体裁が整い、コピーだと指摘されにくくなる。
ここで効いたのは、速さと安さだった。専門知識のない書き手が、他人の記事を下敷きにして、検索で上位を狙う言葉をちりばめながら記事を量産する。1本の単価は安くても、数で稼げばよい。こうして記事は、雪崩のように積み上がっていった。
検索の頂を獲る
2015年(平成27年)10月、王国はついに、最も慎重であるべき領域に旗を立てた。医療・健康の情報サイト「WELQ(ウェルク)」である。
WELQの記事は、検索エンジンで上位に表示されるように、徹底的に作り込まれていた。狙ったキーワードを見出しや本文にちりばめ、文字数を増やし、関連リンクを張り巡らせる。その結果、人々が病気や体の悩みを検索すると、WELQの記事がずらりと上位に並ぶようになった。広告収入は閲覧数(PV)に比例する。記事が読まれれば読まれるほど、王国は潤った。
検索の頂は、王国のものになった。だが、その頂に並んでいたのは、専門家が一度も目を通していない医療情報だったのである。
「死にたい」と打ち込むと
ほころびは、最も痛ましいかたちで露わになった。
検索窓に「死にたい」と打ち込むと、上位にWELQの記事が現れる――そして、悩みを抱えてたどり着いた人に向けて、商品やサービスを勧める。報道を受けて、DeNAは2016年(平成28年)10月、その記事に貼られていた広告を取り下げた。だが問題は一本の記事にとどまらなかった。
「医学的に根拠のない記事が大量にある」「他サイトからの無断引用ではないか」。医師や専門家、個人ブロガー、そして報道機関が、次々と疑問の声を上げた。手軽さと読みやすさで頂点に立った王国の足元は、専門性という最も大切な土台を欠いていたのである。
一夜にして消えた王国
批判が燃え広がると、王国の崩壊は驚くほど速かった。
2016年11月29日、DeNAはWELQの全記事を非公開にした。続いて12月、王国は残るメディアも次々と閉じていく。MERYを最後に、十のメディアすべてが、わずか数日のうちに検索結果から姿を消した。あれほど検索の頂を埋め尽くしていた記事の山が、まるで初めからなかったかのように消えたのである。
2016年12月7日、DeNAは記者会見を開いて謝罪した。守安功社長は「心よりお詫びする」と頭を下げ、自らの月額報酬の3割を6か月減らすと表明した。同席した創業者の南場智子会長は、自分の会社が運営するWELQを実際に検索してみて「愕然とした」と語ったと報じられている。トップが、自社の王国の中身を、騒動が起きて初めて直視したのだった。
王国の年代記
栄華から崩壊まで、王国の寿命はおよそ2年あまり。スピードで築き、スピードで崩れた、短くも騒がしい治世だった。
報告書が映したもの
2017年3月13日、外部の弁護士らで構成する第三者委員会が、分厚い調査報告書を公表した。
それによれば、調査対象となった十メディアの記事は、合わせて37万6,671本。そのうち無作為に抽出した記事を調べたところ、統計的に見て全体の1.9%から5.6%、本数にしておよそ7,516本から2万1,093本に、他人の著作物を侵害している疑いがあると推計された。誰か一人が悪意で書いたのではない。「速く・安く・大量に」という仕組みそのものが、構造的に大量の問題記事を生み出していたのである。
会見からほどなく、買収によって王国の有力な領主となっていた創業者たちも、DeNAの役職を退く意向を示した。築くときには英雄だった者たちが、崩れたあとは静かに城を去っていった。
誰も悪くなかった、という結末
この物語にも、分かりやすい悪役はいない。
DeNAの経営陣は、新しい事業の柱を育てようとしていた。買収された側の起業家たちは、自分たちが磨いた「情報をまとめて届ける技術」を、より大きな舞台で活かそうとした。現場の担当者は、与えられた目標である閲覧数を、ひたすら追いかけた。低単価で記事を書いたライターたちも、提示された仕事をこなしただけだ。一人ひとりは、自分の持ち場で合理的に動いていた。
ところが、その合理を足し合わせた先に待っていたのは、検索結果の汚染だった。「読まれること」という測りやすい数字が優先され、「正しいこと」という測りにくい価値が、静かに後回しにされていく。これは「グッドハートの法則」――ある指標が目標になると、その指標は良い指標ではなくなる――が現実に牙をむいた事例でもある。誰も品質を憎んでいなかった。ただ、誰も品質を測っていなかったのだ。
この騒動の余波は、検索の世界そのものを動かした。翌2017年12月、グーグルは医療や健康に関する検索結果を見直すと発表する。日本語の医療・健康の検索の約6割に影響したとされるこの変更によって、根拠の薄い「まとめ記事」は上位から退き、病院や公的機関、専門家の情報が前に出るようになった。王国が遺したのは、皮肉にも「便利さだけを追うと、信頼が壊れる」という、検索エンジン自身への教訓だった。