マルス王国の興亡
情報処理王国史 外典第八十四巻

マルス王国の興亡

― 世界初の座席予約網が、消せなかった「みどりの窓口」の物語 ―

MARS 1960
この記事について
この記事は、日本の鉄道の切符を半世紀以上支えてきた座席予約システム「マルス」と、その窓口である「みどりの窓口」の歴史を、史実に基づいて再構成した読み物です。年号・制度名・統計・引用はすべて公表資料に基づいていますが、語り口は「王国の興亡」を描く歴史書ふうのフィクション仕立てを含みます。特定の企業や個人を批判する意図はありません。

駅の片隅に、いつも人が並んでいる緑色の窓口がある。

券売機でもアプリでもなく、なぜか人はそこに列をつくる。学割の切符、複雑な乗り継ぎ、外国からの旅行者の相談――機械では片づかない用事が、その窓口に集まってくる。

これは、世界に先駆けて「切符をコンピュータで予約する」仕組みを生み出しながら、最後まで人間の窓口を消せなかった一つの王国――マルスの物語である。


CH.01

王国の建国 ― 立ったまま乗った技師の思いつき

あらすじ:1960年、世界のどこよりも早く、日本の鉄道にコンピュータ予約網が灯った。きっかけは、一人の技師が旅行で座席を取れず、立ったまま乗るはめになったことだった。

1.1 座れなかった車中の着想

物語は、一人の技師のささやかな不満から始まる。

国鉄(日本国有鉄道)の鉄道技術研究所に、穂坂衛(ほさか まもる)という博士がいた。ある日、研究所の懇親旅行に出かけたところ、列車の座席予約が取れず、目的地まで立ったまま乗るはめになった。その揺れる車中で、彼は考えた。「席の空き状況を、離れた駅どうしで即座にやり取りできれば、こんな苦労はないはずだ」と。

当時、指定席の予約は「台帳」で管理されていた。全国の予約状況を一冊の帳簿に集め、電話や電報でやり取りし、人が手書きで押さえていく。手間がかかり、間違いも起きる。ある駅で「満席」と言われた列車に、別の駅ではまだ空席が残っている――そんなことも珍しくなかった。

1.2 1960年2月1日、世界初のオンライン予約

穂坂博士の着想は、日立製作所の技術陣とともに形になった。試作機は日立が回路を設計・製作し、1959年(昭和34年)7月に完成する。そして翌1960年(昭和35年)2月1日、「マルス1(MARS-1)」が運用を開始した。

これは、日本国内で初めての「オンラインシステム」であり、鉄道の座席予約としては世界で初めての、リアルタイム処理による予約システムだった。

【用語解説】オンライン・リアルタイムシステム
「オンライン」とは、離れた場所にある端末と中央のコンピュータを通信回線でつなぐこと。「リアルタイム」とは、その場ですぐに処理して結果を返すこと。今では当たり前だが、当時は画期的だった。マルス1は、東京・名古屋・大阪の窓口からの予約要求を、東京の中央装置がその場で判断し、空席を押さえて返す――という仕組みを、世界に先駆けて実現した。
【用語解説】マルス(MARS)
初代は「電磁式自動予約システム」の意味を込めて名づけられたと伝わる。現在は「旅客販売総合システム」の通称として使われ、指定席券や乗車券の予約・発券を担う、JRの切符の中枢システムを指す。

1.3 真空管とトランジスタでできた「装置」

マルス1は、今日の意味での「コンピュータ」ではなかった。プログラムを内蔵して動く汎用機ではなく、磁気ドラムにデータを持ち、電子回路で判断のロジックを組んだ、いわば予約専用の「装置」だった。

使われた部品は、トランジスタ約2,000個、ダイオード約10,000個、真空管約70本、そして記録用の磁気ドラム。これで4つの列車・3,600席・15日先までの予約をさばいた。中央装置は東京駅丸の内側の乗車券センターに置かれ、端末は東京都内に10台、名古屋と大阪に各1台の計12台。対象は下りの「第1こだま」「第2こだま」から始まり、同年6月には「第1つばめ」「第2つばめ」が加わった。

驚くべきは、その安定性である。運用開始からの初期10か月間の稼働率は99.86%、以後は99.95%以上を記録した。手作りの装置が、これほど正確に働き続けたのだ。


CH.02

みどりの窓口という城門

あらすじ:マルスは成長し、1965年、ついに全国へ広がる。このとき王国に、緑色の名を持つ城門が生まれた。「みどりの窓口」である。

2.1 1965年、全国に開いた城門

マルス1は好評だった。予約できる列車も座席も、たちまち足りなくなる。そこで国鉄は1964年(昭和39年)、初めて本格的なコンピュータを用いた予約システム「マルス101」を稼働させる。さらに同年、1列5席の新幹線座席にも対応した「マルス102」が加わった。この二つが一体となったシステムは、従来の約5倍にあたる約15万席を扱えるようになった。台帳で管理していたころは、東海道新幹線の切符を1枚出すのに30分〜1時間もかかっていたが、それも素早く発券できるようになった。

そして1965年9月24日。全国の主要152駅と、日本交通公社(現在のJTB)の83か所の営業所に、指定席券を扱う専用窓口が一斉に開設された。これが「みどりの窓口」の誕生である。10月1日のダイヤ改正当日に始発駅を発車する列車から、発売が始まった。端末は全国主要駅に約500台が置かれた。

2.2 なぜ「みどり」なのか

窓口の名の由来については諸説あるが、よく語られるのは「ここで発券される指定券が、淡い緑色をしていたから」という説である。改札や券売機に埋もれない、ひと目でそれとわかる緑の窓口。旅は、いつもこの城門から始まった。

【用語解説】指定席と自由席
「指定席」は、あらかじめ何号車の何番、と座席を予約して確保する切符。「自由席」は、空いている席に自由に座れるかわりに予約できない切符。マルスとみどりの窓口が支えたのは、この「指定席」を全国どこでも押さえられる仕組みだった。

みどりの窓口は、王国の顔になった。人々は旅を思い立つと、まずこの緑の窓口に並ぶ。駅員が端末を操作し、遠く離れた列車の一席が、目の前の切符になって出てくる。その裏側で世界初の予約網が動いていることを、並ぶ人の多くは知らなかった。

読者へのひとこと
あなたが最後に「みどりの窓口」に並んだのは、いつですか。券売機やスマホで済ませるようになって、緑の窓口の存在を忘れていた方も多いかもしれません。

CH.03

民営化を越えて生き延びた王国

あらすじ:1987年、国鉄は解体される。だがマルス王国は、その激動を生き延びた。専門の会社に受け継がれ、半世紀を越えて働き続ける。

3.1 国鉄解体という大地震

1987年(昭和62年)4月1日、日本の鉄道史を揺るがす大地震が起きる。国鉄が分割・民営化され、6つの旅客会社(JR各社)などに解体されたのだ。巨大な組織が、いくつもの会社に割れた。

だが、全国の切符をつなぐマルスは、割るわけにいかなかった。どの会社の列車も、どの駅からでも予約できなければ、旅客は困ってしまう。そこでマルスの運営は、JRグループ共通のシステムを担う専門会社――鉄道情報システム株式会社(JRシステム)に受け継がれた。会社の枠を越えて、王国は一つのまま生き延びたのである。

3.2 止まらずに世代を重ねる

マルスは、その後も静かに世代交代を続けた。機械は新しくなり、扱える切符は増え、窓口だけでなく、券売機やインターネットへと販売の入口も広がっていく。半世紀を越えて、この予約網は日本の鉄道の切符を支え続けた。

【用語解説】IEEE(アイ・トリプル・イー)マイルストーン
IEEE(米国に本部を置く電気電子学会)が、歴史的に重要な技術的偉業をたたえて認定する制度。2025年、この栄誉に「マルス1」が選ばれた。世界初の鉄道座席予約オンラインシステムとしての価値が、誕生から65年を経て、あらためて国際的に認められたのである。

CH.04

デジタルの黒船 ― ネット予約と券売機

あらすじ:21世紀、王国に新しい波が押し寄せる。インターネット予約とチケットレス。人はもう、緑の窓口に並ばなくてもよくなった――はずだった。

4.1 えきねっととチケットレスの時代

2000年代以降、切符の買い方は大きく変わった。パソコンやスマートフォンから予約できる「えきねっと」(JR東日本のインターネット予約サービス)が普及し、紙の切符を受け取らずにスマホの画面だけで乗れる「チケットレス」も広がっていく。駅には、指定席まで買える「指定席券売機」が並んだ。

理屈のうえでは、もう緑の窓口に並ぶ必要はない。家でもホームでも、指先ひとつで席が取れる時代が来たはずだった。

4.2 便利になったはずが、複雑になった

ところが、現実はそう単純ではなかった。えきねっとは、リニューアルのたびに「使いにくい」という声が絶えなかった。新幹線か在来線か、eチケットかチケットレスか、乗車券を別に買うか――選択肢が幾重にも枝分かれし、慣れない人には迷路のようだった。

紙の切符には長い歴史のなかで積み上がった細かなルールがあり、新しいチケットレスにはまた別の仕組みがある。その両方を理解していないと使いこなせない。便利にするための道具が、かえって手続きを複雑にしてしまった面があった。

【用語解説】チケットレス
紙の切符を発行せず、スマートフォンの画面やICカード、登録したクレジットカードなどで乗車できる仕組み。発券の手間や紙のコストが省ける一方、事前の会員登録やアプリ操作に不慣れな人には、ハードルが高くなりがちである。

数字のうえでは、窓口離れは着実に進んでいた。みどりの窓口で買われる切符の割合(近距離を除く)は、2010年ごろの約50%から、2019年には約30%、2020年には約20%へと下がっていった。王国の城門は、静かに使われなくなっていくように見えた。


CH.05

城門を減らせ ― 7割削減の号令

あらすじ:2021年、JR東日本は決断する。窓口を大幅に減らし、デジタルへ移そう。だがその決断は、一つの数字の「読み違い」の上に立っていた。

5.1 2021年、7割削減の計画

2021年(令和3年)5月11日、JR東日本は大きな計画を発表した。みどりの窓口を、2025年度までに約7割削減するというものである。首都圏と地方をあわせて440駅ほどにあった窓口を、140駅程度まで絞り込む。減らしたぶんは、券売機やえきねっと、そして「話せる指定席券売機」に置き換えていく。

【用語解説】話せる指定席券売機
オペレーターとインターホン越しに会話しながら操作できる券売機。窓口の駅員のかわりに、遠隔のオペレーターが購入をサポートする。人件費を抑えつつ「相談できる」機能を残す狙いだったが、切符のルールは複雑で、これだけで窓口を完全に代替するのは難しかった。

計画の背景には、あの「窓口離れ」の数字があった。窓口で切符を買う人が2割まで減ったのなら、8割の人はもう窓口を必要としていない――そう読めば、大胆な削減は合理的な判断に見えた。

5.2 読み違えられた「2割」

だが、この数字の読み方に、落とし穴があった。

窓口で買う人が2割に減ったのは事実である。しかしその残った2割は、「たまたま窓口に残っていた人」ではなかった。券売機やアプリでは片づかない用事を抱えた人――つまり、窓口でしか解決できない人たちが、そこに凝縮されていたのである。

学生割引や、ジパング倶楽部(高齢者向けの割引会員制度)のように、証明書の確認が要る切符。通勤定期の複雑な手続き。何度も乗り換える切符や、他社線をまたぐ切符。こうした用事は、機械の画面では完結しない。窓口が減っても、これらの人が消えるわけではない。ただ、行き場を失うだけだった。


CH.06

行列という反乱、そして凍結

あらすじ:減らされた窓口に、行くあてを失った人々が殺到した。長い行列、あふれる不満。2024年、王国はついに号令を撤回する。

6.1 繁忙期に噴き出した混乱

計画は進み、2024年4月には、窓口は209駅まで減っていた。すると、繁忙期のたびに問題が噴き出した。

有楽町や大崎といった主要駅から窓口が消え、年末年始やゴールデンウィークには、残った窓口に人が集中した。高齢者や外国人旅行者を含む長い行列ができ、1時間以上待たされることも珍しくなかった。ネット上では「みどりの窓口行列問題」が話題になり、「こんなの分かるわけがない」「えきねっとが使いにくい」といった声があふれた。デジタルへの移行を促すはずの施策が、かえって現場を混乱させたのである。

6.2 2024年5月8日、削減の凍結

そして2024年(令和6年)5月8日。JR東日本の喜勢陽一(きせ よういち)社長は、記者会見でこう表明した。2021年以来進めてきたみどりの窓口の削減を、いったん凍結する、と。

理由として挙げられたのは、チケットレス化が想定通りには進まなかったこと、そして訪日外国人(インバウンド)の増加で、対面での対応を必要とする利用者が増えたことだった。同年7月9日には、夏の繁忙期対策として、閉じた窓口の一部を臨時に開設することも発表された。

いったん消しかけた城門を、王国はもう一度開け直したのである。

読者へのひとこと
「うちのお客さんの何割はもう使っていないから」――そう考えて古い窓口をたたもうとしたとき、残った少数のお客さんが「そこでしか用が足りない人」だったら。あなたの会社なら、どう見極めますか。

CH.07

王国の年代記

1959年7月
日立製作所が試作機を完成。国鉄鉄道技術研究所・穂坂衛博士の着想による
1960年2月1日
マルス1(MARS-1)運用開始。国内初のオンラインシステム/世界初の鉄道座席予約オンラインシステム
1964年
マルス101稼働(本格的なコンピュータ利用の予約システム)。新幹線対応のマルス102も加わり、計約15万席へ
1965年9月24日
全国152駅と日本交通公社83営業所に「みどりの窓口」開設。端末は全国約500台
1987年4月1日
国鉄分割民営化。マルスの運営は鉄道情報システム(JRシステム)が継承
2000年代〜
えきねっと・チケットレス・指定席券売機が普及。窓口シェアが低下
2021年5月11日
JR東日本、みどりの窓口を2025年度までに約7割削減する計画を発表
2024年4月
窓口は209駅まで削減。繁忙期に行列・混雑が社会問題化
2024年5月8日
JR東日本、削減計画の凍結を発表
2024年7月9日
夏季繁忙期対策として、窓口の臨時開設を発表
2025年
マルス1がIEEEマイルストーンに選定。世界初の偉業として国際的に認定

誕生から65年。世界初の予約網は、今も日本じゅうの切符を支え続けている。そして、その最も古い顔である「みどりの窓口」もまた、消えかけては、また開いている。


CH.08

誰も悪くなかった、という結末

あらすじ:マルス王国の歴史には、責めるべき悪人がいない。全員が持ち場で合理的にふるまった。それでも「機械にできない仕事」だけが、静かに人間のもとへ残り続けた――その話。

マルス王国の歴史をたどると、ここでもまた、責めるべき悪人がどこにもいないことに気づく。

窓口を減らそうとしたJR東日本は、暴挙に出たわけではない。窓口で切符を買う人は本当に2割まで減っていたし、人手不足のなかで対面サービスを縮小するのは、経営として理にかなった判断だった。えきねっとや券売機を作った人たちも、利用者の手間を減らそうと真剣に働いていた。利用者もまた、複雑なルールに従って正しく切符を求めていただけである。

全員が、それぞれの持ち場で合理的にふるまっていた。にもかかわらず、削減された窓口には行き場を失った人が殺到し、便利にするはずのアプリは「使いにくい」と言われ、世界初の予約網を持つ王国は、その最も古い顔を消せずにいる。

見落とされていたのは、たった一つの視点だった。「機械へ移せる用事から順に移っていくと、最後に人間の窓口へ残るのは、機械では絶対にできない用事ばかりになる」。だから利用者が減っても、窓口の必要性はゼロにはならない。むしろ、残った一件一件は重くなる。数字のうえでの「2割」は、消してよい2割ではなく、最も人の手を必要とする2割だったのだ。

これは、日本のあちこちで起きている「誰も悪くない調整問題」の一つの形である。デジタル化はほとんどの用事を効率化する。だが、どんなに自動化を進めても、最後には「人でなければ片づかない仕事」が残る。その最後のひとにぎりを見誤ると、便利にしたはずの改革が、かえって現場を苦しめる。

世界に先駆けて切符を自動化した王国が、最後まで人間の窓口を手放せなかった。それは失敗の記録ではない。むしろ、どれほど技術が進んでも消えない「人にしかできない仕事」の輪郭を、65年かけて静かに描き出した記録なのである。

読者へのひとこと
あなたの会社でも、自動化やシステム化を進めるとき、「最後に人の手が要る部分」はどこでしょうか。そこを見きわめておくことが、便利さと安心を両立させる鍵になるのかもしれません。

緑色の窓口には、今日もまた、機械では片づかない用事を抱えた誰かが並んでいる。


今日も、駅の片隅に緑の窓口が開いている。
世界に先駆けて切符を機械にゆだねた王国が、
最後まで手放せなかったのは、人の手だった。
券売機が並び、アプリが光る時代でも、
機械では片づかない用事は、静かに人のもとへ残る。
――発券 完了

参考・引用資料
鉄道情報システム株式会社「旅客販売総合システム『MARS(マルス)』」
情報処理学会 コンピュータ博物館「【日立・国鉄】MARS-1」「MARS 101および後継機」
公益財団法人 鉄道総合技術研究所/株式会社日立製作所 プレスリリース「鉄道座席予約システムMARS-1がIEEE Milestoneに選定されました」(2025年8月)
Wikipedia「マルス(システム)」「みどりの窓口」「穂坂衛」
日本経済新聞「1965年9月24日『みどりの窓口』が登場、指定席予約の利便性向上」
PRESIDENT Online「『みどりの窓口削減計画』はなぜ大失敗したのか」
ITmedia ビジネスオンライン「JR東日本『みどりの窓口削減凍結』に、改めて思うこと」
乗りものニュース「なぜJR東日本の『みどりの窓口』は急減した?『方針凍結』と“話せる券売機”の現実」
東京新聞デジタル「JR東日本の『みどりの窓口』削減計画、なぜ頓挫?」