2025年の崖王国の興亡
国が予言した断崖に向かって、誰もが歩き続けた
本稿は、2018年に日本の経済産業省が発した一本の報告書から生まれた「2025年の崖」という言葉と、その予言に向かって走り続けた日本企業の数年間を、史実に基づいて再構成した歴史書仕立ての読み物です。年号・制度名・報告書名・統計・引用はいずれも実在の公式発表・報道に基づいていますが、語り口には王国の興亡記になぞらえたフィクション的な脚色が含まれます。特定の企業・団体・個人を貶める意図はありません。
2018年、ひとつの役所が「崖」を見つけた。
古びた業務システムを抱えたまま走り続ければ、2025年あたりで国全体が転げ落ちる――そう告げる報告書は、その崖までの距離まで数えてみせた。あと7年。やがて「DX」という呪文と、「最大12兆円」という数字が、国じゅうの会議室に響きわたっていく。
これは、期限を切られた危機が、期限を延ばされ、報告書を重ね、お題目だけが先に進み、肝心の足元には誰も降りていかないまま、予言の年が静かに過ぎていくまでの物語である。
王国の創建 ―― 役所が「崖」を発見する
2018年9月7日。一本の報告書が、静かに公表された。発行元は、産業を司る役所――経済産業省である。タイトルは少し長い。『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』。
この報告書のなかに、ひとつの不吉な言葉があった。「2025年の崖」。役所の文書らしからぬ、ほとんど詩的とも言える比喩である。古びた基幹システムを抱えたまま日本企業が走り続ければ、2025年あたりで断崖が待っている――そういう警告だった。
役所が「崖」を見つけた。そして、崖までの距離を数えてみせた。あと7年。報告書はこう告げる。このままでは、国全体が転げ落ちる。こうして、ひとつの予言が世に放たれ、王国の旗が揚がった。崖に向かって行進する、奇妙な王国の旗が。
崖の正体 ―― 誰も中身を知らない城
では、崖とは何だったのか。その正体は、企業の心臓部で動き続ける古いシステムだった。
報告書がとりわけ問題にしたのが、この「中身がわからない」という点だった。専門の言葉では「ブラックボックス化」という。長く使ううちに、何度も継ぎ足し、改修を重ね、やがて設計図も、作った人も、いなくなる。動いてはいる。だが、なぜ動いているのか、誰も完全には説明できない。それでも止めれば会社が止まる。だから、誰も触れない。
報告書が引いた調査によれば、こうした古いシステムを抱える企業は、国内企業のおよそ8割にのぼった。さらにそのうち約7割が「これが次の一歩の足かせになっている」と感じていた。城は立派に建っている。毎日きちんと稼働している。ただ、その城の地下に何が埋まっているのか、城主自身が知らない――それが王国の土台だった。
「DX」という呪文 ―― 唱えれば救われる、はずだった
報告書のタイトルには、もうひとつの言葉が並んでいた。「DX」である。崖を乗り越える方法として、報告書はこの三文字ならぬ二文字を掲げた。やがてこの言葉は、王国じゅうに呪文のように広まっていく。
言葉だけが、ひとり歩きを始めた。本来のDXは「会社を根っこから変える」という重い話だったはずが、王国では「とりあえずデジタルにすること」「古いシステムを新しくすること」とすり替わっていった。経営会議で「我が社もDXを」と唱えれば、なんとなく前に進んだ気がする。役員の挨拶に「DX推進」と入れれば、時代に乗り遅れていないように見える。
呪文は便利だった。唱えるだけでよかったからだ。崖の正体――地下に埋まった、誰も中身を知らない城――に踏み込まなくても、「DX」と口にすれば、仕事をした気分になれた。こうして王国には、立派なお題目だけが響きわたるようになる。
12兆円という数字 ―― 払い続ける見えない利息
報告書が世間の耳目を集めたのは、ひとつの数字のおかげだった。「2025年以降、最大で年間12兆円」。古いシステムを放置した場合に生じうる経済損失の試算である。2018年時点の試算のおよそ3倍にあたる、という。
なぜ、放っておくだけで損が膨らむのか。鍵は「技術的負債」という考え方にあった。
報告書は、警告した。このままでは、企業がIT(情報技術)にかける予算の大半が、新しい挑戦ではなく、古いシステムをただ維持するためだけに消えていく、と。攻めに使えるはずのお金が、守りに、それも「現状維持」だけに吸い込まれていく。
しかも、その守りを担う人も、減っていく。報告書は、IT人材の不足が2030年には最大でおよそ79万人に達しうると見積もった。古いシステムを直せる技術者は高齢化し、引退していく。一方で、それを引き継ぐ若手は集まらない。城の地下を知る者が、ひとり、またひとりと去っていく。残された城主は、中身のわからない城に、毎年かさむ見えない利息を払い続ける。それが崖の経済的な意味だった。
崖は、2年ずれた ―― 期限が動くという発見
予言には、期限があった。2025年。だが王国は、ほどなく奇妙な事実に出会う。崖の縁は、動かせるらしいのだ。
きっかけは、世界じゅうの大企業が使う、ある業務ソフトだった。
そのSAPが、長年使われてきた製品(SAP ERP 6.0、通称ECC 6.0)の標準的なサポートを終える、と表明していた。サポートが切れれば、不具合が出ても公式の手当てが受けられない。当初その期限は2025年末。「2025年の崖」と、見事に重なっていた。日本では「SAPの2025年問題」と呼ばれ、崖の象徴のように語られた。
ところが、である。期限は2027年末へと、2年延長された。さらに追加の料金を払えば、2030年末まで延ばせる延長サポートも用意された。「2025年問題」は、いつのまにか「2027年問題」に名を変えていた。
報告書は、増え続けた ―― 続編という名の反省
崖を告げた役所も、手をこまねいていたわけではない。むしろ、熱心に続編を書いた。
2020年12月、『DXレポート2』が出る。そこには、ある反省が記されていた。最初の報告書のせいで「DXとは古いシステムを新しくすることだ」という、本質を外れた受け取られ方が広まってしまった、というのだ。本当に変えるべきは、システムではなく、変化に素早く適応できない「レガシーな企業文化」のほうである――役所は、そう書き直した。
報告書は、その後も続いた。2021年8月に『DXレポート2.1』、2022年7月に『DXレポート2.2』。回を追うごとに、論点は「古いシステムの刷新」から「会社の文化を変える」「新しい価値を生む」へと、上へ上へと登っていった。
これは、ある意味で誠実な軌道修正だった。だが見方を変えれば、最初の崖はまだ崩されないまま、議論だけが先に進んでいったとも言える。地下に埋まった城には、誰も降りていかない。代わりに、城の上で「文化を変えよう」という新しい会議が開かれる。報告書が版を重ねるほど、現場の古いシステムと、報告書のなかの理想とのあいだの距離は、静かに開いていった。
王国の年代記
崖は、来たのか ―― 誰も悪くなかった、という結末
2025年は、過ぎた。いまは2026年である。では、崖は来たのだろうか。
国全体が断崖から転げ落ちる、そんな劇的な瞬間は、訪れなかった。多くの企業は、相変わらず古いシステムを動かしながら、それでも仕事を回している。日本経済が一夜で12兆円を失った、という出来事も起きてはいない。だからといって、崖がなかったわけでもない。技術的負債は、あいかわらず毎年の利息を取り立てている。城の地下を知る者は、さらに減った。期限だけが、また少し先へずれた。
崖を告げた役所は、間違っていたのだろうか。そうとも言い切れない。古いシステムを抱える危うさを、これほど広く知らしめた功績は大きい。「DX」という言葉が、良くも悪くも国じゅうの会議室に届いたのも、あの報告書があったからだ。予言を聞いて飛び立った企業も、確かにいた。
では、誰が悪かったのか。役所は警告しただけだ。経営者は、止めれば会社が止まる城を、軽々しく作り直せなかっただけだ。現場の技術者は、引き継ぎ手のいないまま、城を守り続けただけだ。古いシステムも、壊れたわけではない。むしろ、よく働いた。誰ひとり、決定的な悪役はいない。
ただ、それぞれの「正しさ」が、崖を埋める方向には、まとまらなかった。警告する側と、飛ぶべき側と、現場で支える側。三者が、それぞれの持ち場で正しく振る舞った。そして崖は、崩れもせず、埋まりもせず、ただそこに在り続けた。
これは、古いシステム一つの物語ではない。期限を切られた危機が、期限を延ばされ、報告書を重ね、お題目だけが先に進み、肝心の足元には誰も降りていかない――どんな組織にも起こりうる、先送りの縮図である。私たちはつい思う。崖が来なかったのなら、警告は外れたのだ、と。だが本当はもっと厄介だ。崖は崩れなかった。なぜなら、誰も飛ばなかったから。誰も飛ばなかったから、崖は、まだそこにある。叱るべき相手が、どこにもいないまま。
予言は、当たったのでも外れたのでもない。ただ、保留されたのだ。次の誰かが、その縁に立つまで。