京(けい)王国の興亡
「2位じゃダメなんでしょうか」と問われた国
本記事は、日本のスーパーコンピュータ開発と「事業仕分け」をめぐる実際の出来事をもとにした読み物です。年号・統計・固有名詞・発言はできる限り公表資料・報道に沿っていますが、語り口は歴史書を模したフィクション仕立てを含みます。特定の個人や立場を断罪する意図はありません。むしろ「短い時間軸の正しさ」と「長い時間軸の正しさ」が、どちらも誠実なまま噛み合わなかった――その擦れ違いの構造を描くことを目的としています。
あなたの会社にも、きっと一度はあったはずだ。「それ、本当に今やる必要ある?」という、ごもっともな一言。
2009年、日本のある国家プロジェクトに、まさにその一言が投げかけられた。世界一のスーパーコンピュータを造ろうとした計画に、「2位じゃダメなんでしょうか」と。
これは、その問いをめぐる物語である。問うた人も、問われた人も、どちらも正しかった。なのに、深く擦れ違った。なぜか――。
1京(けい)回を目指した国
1.1 理研と富士通の挑戦
2000年代後半、日本はある国家プロジェクトに乗り出していた。世界最高速のスーパーコンピュータを、自分たちの手で造る。それが目標だった。
主役は理化学研究所(りかがくけんきゅうじょ。略して「理研」。日本を代表する自然科学の国立研究機関)と、コンピュータメーカーの富士通。目指した性能は、毎秒1京回(けい。1のあとにゼロが16個並ぶ数)の計算。コンピュータがその速さに到達することにちなんで、機体には「京(けい)」という名が与えられた。
「ペタ」は10の15乗(1,000兆)、「京」はその10倍の10の16乗(1京)。「京」は10ペタFLOPS、つまり毎秒1京回の計算を目標に掲げたことが、そのまま名前になった。
1.2 最も身近な伏兵
豊かな計算力は、豊かな国の象徴のはずだった。だが、その王国は、自国の予算という最も身近な場所で、思わぬ伏兵に出会う。
仕分け人の前に立たされた王
2.1 事業仕分けの始まり
2009年9月、政権が交代した。新しく発足した政府は「税金の無駄をなくす」という旗を高く掲げ、その象徴として「事業仕分け」を始める。
2.2 あの一言
2009年11月13日。仕分けの対象として、文部科学省(もんぶかがくしょう。教育・科学技術を担当する国の役所)の「次世代スーパーコンピュータ開発」が俎上(そじょう。まな板の上)に載せられた。世界一を狙う、あの計画である。
仕分けの場で、研究側は「世界最高速を目指すことに意味がある」と説明した。それに対し、仕分け人の一人だった蓮舫(れんほう)・参議院議員(当時)が、後に日本中が記憶することになる問いを発する。
この一言は、テレビと新聞を駆けめぐった。そして仕分けの判定は、「限りなく予算計上見送りに近い縮減」――つまり、ほぼ止めるに等しい、事実上の凍結だった。
2.3 独り歩きした言葉
なお後年、この発言は文脈を切り取られて伝わった面があると指摘されている。実際の議論では、「1位になれなかったときに、この計画の意義はどこにあるのか」「使いやすさで勝負すれば、2位でも値打ちがあるのではないか」という、むしろ助け舟に近い趣旨も含まれていたという。だが、世に残ったのは短い一言だけだった。言葉は、文脈を置き去りにして独り歩きする。
二つの正しさ
3.1 仕分け人の正しさ
ここで、片方を悪役にしないために立ち止まりたい。
仕分け人の問いは、決して的外れではなかった。当時の日本は財政が厳しく、国民は「役所の無駄づかい」に強い不信を抱いていた。莫大な税金を投じて「世界一」という称号を買うことに、どれだけの実利があるのか――納税者の代理として、それを問うのは仕事として正しい。しかも、スーパーコンピュータの世界一という座は、後で見るように、驚くほど移ろいやすい。「1位である必要はあるのか」という疑問には、確かに一理あった。
3.2 研究者の正しさ
一方、研究側の論理も正しかった。基礎科学への投資は、すぐには成果が見えない。何年も先に、新薬や防災や産業の競争力として返ってくる。世界最高速という目標は、見栄ではなく、技術者を限界まで追い込み、周辺の技術ごと底上げするための「目標設定」でもあった。
短い時間軸では、仕分け人が正しい。長い時間軸では、研究者が正しい。
悪人はいなかった。いたのは、見ている時計の針の速さが違う人々だった。
ノーベル賞たちの反撃
4.1 科学界の緊急声明
判定の波紋は、すぐに広がった。
事実上の凍結に対し、日本の科学界が立ち上がる。ノーベル賞受賞者をはじめとする著名な研究者たちが相次いで声を上げ、緊急の記者会見や声明で「短期の損得勘定で、国の科学の根を断ち切ってはならない」と訴えた。ある受賞者は「世界一を目指す気概がなければ、2位にも3位にもなれない」と語ったと伝えられる。
4.2 止めることの本当の代償
研究の現場からすれば、これは「一台のコンピュータ」の話ではなかった。一度止めれば、集まった技術者は散り、積み上げた知見は失われ、再起動には何倍もの時間と費用がかかる。動いている心臓を、いったん止めて様子を見る――それがどれほど危険か、現場ほどよく知っていた。
世論とメディアの注目も集まり、政治は再考を迫られる。結果として、スーパーコンピュータ開発の予算は、おおむね復活することになった。王国は、いったん落とされかけた断頭台から、首をつなぎとめたのである。
そして、本当に世界一になった
5.1 TOP500の頂点へ
物語の皮肉は、ここから始まる。
予算を削られかけ、「2位じゃダメなのか」と問われたまさにその計画が――2011年6月、本当に世界一になった。
スーパーコンピュータの性能世界ランキング「TOP500」で、「京」が堂々の1位を獲得したのである。さらに同年11月には、目標だった毎秒1京回(10ペタFLOPS)を超える性能を達成し、連続で首位に立った。削ろうとした手のひらの上で、王国は世界の頂点に届いた。
5.2 働く道具としての世界一
「京」は2012年に共用が始まり、神戸の研究拠点で、創薬・防災・ものづくりなど数多くの研究に使われた。世界一の称号は、買った見栄ではなく、確かに働く道具として国に貢献した。
1位は、すぐに1位でなくなる
6.1 もう一つの真実
だが――。
「2位じゃダメなんでしょうか」という問いには、皮肉なことに、もう一つの真実も含まれていた。
スーパーコンピュータの世界一という座は、恐ろしく短命である。性能競争は各国が激しく繰り広げており、トップは長くて1〜2年、しばしば半年で塗り替えられる。世界一になった「京」も、ほどなくして他国の新鋭機に首位を譲った。1位は、永遠に1位ではいられない。
6.2 順位ではなく土壌
つまり、「1位である瞬間」に価値があるのではなく、「1位を狙える技術力と人材を、国が持ち続けられるか」にこそ価値があった。問われるべきは順位そのものではなく、その順位を生み出す土壌の厚みだったのだ。
その土壌は、確かに受け継がれた。「京」の後継機「富岳(ふがく)」は、2020年に再び世界一の座につき、新型感染症の飛沫(ひまつ)シミュレーションなど、社会の役に立つ計算で広く知られることになる。王国の血脈は、絶えていなかった。
時計の針が違う者たちへ
7.1 誠実な者同士の擦れ違い
この物語が残す教訓は、「誰が正しかったか」ではない。
仕分け人は、納税者の今日を守ろうとした。研究者は、国の明日を守ろうとした。どちらも自分の持ち場で誠実だった。にもかかわらず、両者は深く擦れ違った。なぜなら、見ていた時計の針の速さが違ったからだ。
7.2 あなたの組織にもある「時間軸のズレ」
これは国家プロジェクトだけの話ではない。会社の経営でも、家庭の家計でも、まったく同じ擦れ違いが起きる。「今期の数字」を守る人と、「10年後の事業」を育てたい人。「目先の出費を削りたい」家族と、「将来への投資」と考える家族。どちらも正しく、どちらも誠実で、それでも噛み合わない。
組織を蝕(むしば)むのは、悪意ではない。多くの場合、それは「正しさ同士の時間軸のズレ」である。短期の正しさは、声が大きく、数字で示しやすい。長期の正しさは、声が小さく、証明に時間がかかる。だから放っておけば、いつも短期が勝つ。
「2位じゃダメなんでしょうか」――この問いが今も語り継がれるのは、誰かが愚かだったからではない。むしろ、賢い人々が、それぞれの正しさのまま擦れ違う瞬間を、これほど鮮やかに切り取った言葉が、他になかったからである。
それは本当に無駄だったのか、それとも、ただ時計の針が違っただけなのか。