NOTTV王国の興亡
情報処理王国史 外典第八十六巻
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NOTTV王国の興亡

地デジで空いた電波に、スマホ向けテレビ局を建てた4年3か月

NOTTV MOBACAS
この記事について
本記事は「情報処理王国史 外典」シリーズの一編です。日本のIT・通信・行政にまつわる実話をベースに、歴史書のような語り口とブラックコメディを混ぜて記録しています。数字・日付・発言はできる限り公式資料や当時の一次報道に沿っていますが、章タイトルや比喩表現には物語的な誇張が含まれます。特定の企業・個人を貶める意図はなく、「誰も間違っていないのに、そうなってしまう」構造を記録することが目的です。なお「NOTTV(ノッティーヴィー)」とは、2012年から2016年まで放送されていたスマートフォン向けの放送サービスの名前で、「not tv=これまでのテレビとは違う」という意味が込められていました。

かつて、テレビは家の中の据え置きの箱だった。決まった時間に、決まった場所で、みんなで見上げるものだった。

そこへ2012年の春、「テレビを、ポケットの中へ」という壮大な計画が動き出した。地上デジタル放送への移行で空いた貴重な電波を使い、スマートフォンに向けて専用のテレビ局を建てる——巨大企業グループが1,000億円近くを投じた、日本初の試みだった。

これは「モバイル放送が日本を変えた物語」ではない。「空から電波は降り注いだのに、受け取る手が、ついに足りなかった」という、静かな物語である。

CH.01

空いた電波と、壮大な計画

あらすじ: 地デジ移行で空いた国民共有の電波。そこにスマホ向けの放送局を建てるという構想が、月額420円のサービスとして動き出した。

1.1 国家事業の「おつり」だった電波

2011年7月、日本の大半の地域で地上アナログ放送が終わった。長らくアナログ放送が使ってきた「VHF」(ブイエイチエフ。テレビやラジオに古くから使われてきた電波の帯)のうち、一部の帯域がぽっかりと空いた。

この空いた電波は国民共有の財産である。誰にどう使わせるか。総務省は事業者を公募し、NTTドコモ(以下「ドコモ」)グループが手を挙げた。

1.2 月額420円のテレビ局

構想はこうだ。空いた電波に専用の放送局を建て、スマートフォンに向けて放送を流す。放送の仕組みの呼び名が「モバキャス」、そのサービス名が「NOTTV」である。

料金は月額420円(税込。当時の消費税は5%)。地上デジタル移行という国家事業の「おつり」のような電波を元手に、まったく新しいテレビ局が生まれようとしていた。

【用語解説】モバキャス/マルチメディア放送
スマートフォンなど持ち運ぶ端末に向けて、放送電波で映像や音声を届ける仕組み。インターネット回線(通信)ではなく、テレビと同じ「放送」の電波を使うのが特徴。1つの電波を大勢が同時に受け取っても混雑しない一方、受け取る側に対応した受信機が必要になる。

CH.02

「テレビでもVODでもない」という宣言

あらすじ: NOTTVは自らを既存のテレビともVODとも違う「第三の何か」と名乗った。ワンセグの10倍高画質、シフトタイム視聴——凝った仕組みの数々。

2.1 第三の何か、という自己紹介

NOTTVは自らをこう名乗った。

「これまでのTVとも違う。ビデオ・オン・デマンドとも違う」
— NOTTV ステートメント(公式サイト「お客様へのメッセージ」)より

ビデオ・オン・デマンド(VOD。見たい番組を、見たいときに呼び出して再生する仕組み。今の動画配信サービスの原型)とも違う。かといって普通のテレビとも違う。その中間に、新しい何かを作ろうとしていた。

2.2 凝った仕組みの数々

技術的な売りもあった。放送規格「ISDB-Tmm」(アイエスディービー・ティー・エムエム。日本のデジタル放送方式を携帯端末向けに拡張したもの)を採用し、携帯電話向けの「ワンセグ」(画面の小さな簡易テレビ放送)と比べて「約10倍の高品質」をうたった。深夜の空いた時間に番組データを端末へ自動で溜め込み、好きなときに高画質で見られる「シフトタイム視聴」という凝った仕組みまで用意した。

【用語解説】ソフトとハードの分離
NOTTVは、番組を作って流す会社(mmbi=エムエムビーアイ)と、電波塔などの放送設備を提供する会社(ジャパン・モバイルキャスティング)を分けていた。放送法上の「認定基幹放送事業者」と「基幹放送局提供事業者」という制度に沿った形で、いわば「番組を作る人」と「電波を出す人」を別の会社にした構造である。

CH.03

端末という、閉じた門

あらすじ: 放送は空から降ってくる。だが受け取るには専用チューナー内蔵の端末が要る。開始時の対応は、たった2機種だった。

3.1 たった2機種から始まった

壮大な計画には最初から小さな穴が空いていた。「受信機」である。

放送は空から降ってくる。しかしそれを受け取るには、NOTTV対応のチューナーを内蔵した端末が要る。ところがサービス開始時、対応していたのはドコモのスマートフォンとタブレット、各1機種だけだった。

3.2 いちばん売れる端末で、見られない

しかも、当時世界で最も売れていたスマートフォンであるiPhoneは、NOTTVに対応していなかった。iPhoneは自社の設計で作られており、日本の放送規格のチューナーを積んでいない。つまり、多くの人が持ちたがった端末では、そもそも見られなかった。

【用語解説】ワンセグとの違い
ワンセグは、多くのガラケー(従来型携帯電話)が無料で受信できた簡易テレビ放送。NOTTVは有料で高画質だが、専用チューナー内蔵端末が必要。「無料で誰でも見られる」ワンセグと、「有料で対応機種のみ」のNOTTV。この差が、後々まで重くのしかかる。

CH.04

親が、我が子の息の根を止める

あらすじ: 親会社ドコモがiPhoneの販売を開始。だがそのiPhoneはNOTTV非対応。さらに同じドコモの通信型動画サービスが好調で、放送との明暗を分けた。

4.1 主力商品が、我が子を見られない

さらに皮肉な展開が待っていた。

2013年9月、親会社であるドコモがついにiPhoneの販売を始めた。長年アップルと契約せず国産スマホを推してきたドコモが、方針を転換したのである。経営判断としては当然だった。iPhoneを売らなければ、顧客が他社に逃げてしまう。

だが、そのiPhoneはNOTTVに対応していない。ドコモの店頭で最も売れる主力商品が、自グループのNOTTVを見られない端末だった。売れば売るほど、NOTTVを見られない人が増えていく。

4.2 通信が、放送を追い越す

追い打ちをかけたのが、同じドコモが手がけるもう一つのサービス「dビデオ」(2015年に「dTV」へ改称)だった。こちらはインターネット回線で動画を配信する、いわば「通信」の動画サービス。月額500円(税別)で映画やドラマが見放題のこのサービスは好調で、放送のNOTTVと明暗を分けた。

同じ会社の中で、通信が放送を静かに追い越していく。誰も裏切ってはいない。それぞれが自分の持ち場で最善を尽くしただけだ。ただ、時代が欲しがったのは「放送」ではなく「通信」のほうだった。


CH.05

1,000万の夢と、175万の現実

あらすじ: 初年度100万、将来1,000万という壮大な目標。だが契約数は約175万で頭打ちし、累積赤字は約1,000億円に達した。

5.1 掲げられた壮大な目標

「単年度黒字化については、開始から3〜4年後の達成を見込んでいる」
— mmbi の当初計画(2011年11月時点の報道より要約)

mmbiが当初掲げた契約目標は、初年度末に100万、2015年度末に600万、将来的には1,000万——という壮大なものだった。

5.2 175万で止まった針

現実はどうだったか。100万契約を突破したのは、開始から1年2か月後の2013年6月。ここまではまだよかった。しかしその後は伸び悩み、2015年3月末の約175万を頂点に、契約数は減少へと転じてしまう。600万にも、1,000万にも、はるか遠く届かなかった。

赤字は膨らみ続けた。運営会社mmbiの損失は、2012年度に約215億円、2013年度に約168億円、2014年度には約503億円。累積赤字は約996億円、およそ1,000億円に達した。


CH.06

王国の年代記

あらすじ: アナログ停波で電波が空いた2011年から、停波・吸収合併に至る2016年まで。主要な出来事を時系列で並べる。
2011年7月 地上アナログ放送が終了、VHF帯の一部が空く
2011年11月 月額420円でのサービス開始が発表される
2012年4月1日 NOTTV放送開始。対応はドコモのスマホ・タブレット各1機種のみ
2013年6月 契約数が100万を突破(開始から1年2か月)
2013年9月 ドコモがiPhoneの販売を開始(NOTTVは非対応)
2014年7月 iPhoneでも見られる外部チューナー「TV BOX」発売
2015年3月末 契約数が約175万でピークに。以後は減少へ
2015年11月27日 会員数の伸び悩みを理由にサービス終了を発表
2016年6月30日 正午に放送終了・停波。開始から4年3か月
2016年7月1日 ドコモがmmbi・ジャパン・モバイルキャスティングを吸収合併

CH.07

放送か、通信か ― 時代が出した答え

あらすじ: つまずいた理由は技術の優劣ではない。時代が選んだ道の反対側に立っていたこと、そして重い積み荷ゆえに舵を切れなかったこと。

7.1 放送の理屈は、正しかった

NOTTVがつまずいた理由は、技術の優劣ではない。むしろ画質も仕組みも、当時としては凝っていた。問題は、時代が選んだ道の「反対側」に立っていたことだった。

放送には放送の強みがある。1つの電波を何百万人が同時に受け取っても混雑しない。大災害でネット回線がパンクしても、放送なら届く。この理屈は、いまも正しい。

7.2 世界はVODへ流れた

だが2010年代前半、人々の手の中で起きていたのは「通信」の爆発だった。回線は速くなり、料金は下がり、見たい動画を見たいときに呼び出せるようになった。放送のように「番組表に合わせて待つ」必要は、もうなかった。NOTTVが「テレビでもVODでもない」と胸を張った、まさにそのVODのほうへ、世界は流れていった。

7.3 積み荷が重いほど、止まれない

そして忘れてはならない前提がある。NOTTVが使っていたのは、国民共有の電波だったということだ。地デジ移行で空いた貴重な帯域を、4年3か月使って、返した。マルチメディア放送として、日本で初めての「廃止」だった。

誰かが無能だったわけではない。優秀な人々が、正規の免許を得て、巨額を投じ、真剣に番組を作った。ただ、賭けた方向が時代とすれ違っていた。組織というものは、いったん大きな計画に電波と資金を積み込むと、途中で「やはり通信の時代だ」と気づいても、簡単には舵を切れない。積み荷が重いほど、止まれない。

あなたの会社にも、「始めたときは最善だったのに、途中で流れが変わった取り組み」はないだろうか。
大きく投資したシステム、鳴り物入りで始めた事業、引き返しにくくなったプロジェクト。
「ここまで注ぎ込んだのだから」と続ける判断と、「時代が変わったから」と退く判断。その線引きを、誰が、いつ引くのか。

CH.08

閉局特別番組

あらすじ: 2016年6月30日正午、最後の番組とともにNOTTVは停波した。終了を報じた見出しは「テレビと呼ぶには、面白すぎる」。

8.1 静かな暗転

2016年6月30日、正午。

サービス終了を前に、NOTTVは最後の番組「NOTTVのキセキ」を流した。地上アナログ放送が終わったあの日、各局が流した停波前のクロージング映像に、それはよく似ていた。画面には、こんなテロップとアナウンスが流れた。

「2012年4月、日本初のマルチメディア放送サービスとして産声をあげてから4年3か月、いつでもどこでもお楽しみいただける様々なコンテンツを提供して参りました。(中略)ありがとうございました。株式会社mmbi」
— NOTTV 閉局アナウンス(2016年6月30日)より

そして最後に、「これをもちまして、NOTTVの放送をすべて終了させていただきます」の言葉とともに、画面は静かに暗転した。停波である。

8.2 面白すぎたテレビ

サービス終了を報じたある記事の見出しは、こうだった。「テレビと呼ぶには、面白すぎる」。皮肉にも、その面白さを見届けた人は、最後まで多くはなかった。

空から、電波は確かに降っていた。
高画質の番組も、凝った仕組みも、そこにあった。
足りなかったのは、それを受け取る手のほうだった。
地デジのおつりで生まれた電波の国は、
1,000万の民を夢見て、175万で頂点を迎え、
4年3か月で、静かに電波を返した。
くり返し流れていたのは、
「これまでのTVとも、VODとも違う」という宣言。
だが時代が選んだのは、そのVODのほうだった。
―― 送信、終了。受信者、僅少のまま。

参考・引用資料
Wikipedia「NOTTV」(サービス期間・運営会社・ISDB-Tmm方式・月額料金・契約数推移・累積赤字・閉局アナウンス全文ほか)
AV Watch「スマホ向け放送『NOTTV』は月額420円で4月1日に開始」(2011年11月29日)
AV Watch「スマホ向け放送『NOTTV』が’16年6月30日サービス終了。『今後の事業継続が困難』」(2015年11月27日)
ITmedia「『テレビと呼ぶには、面白すぎる』NOTTV、4年超でサービス終了」(2016年6月30日)
ITmedia Mobile「ドコモ、NOTTV/モバキャスを2016年6月に終了 周波数は返還」(2015年11月27日)
日経クロステック(ITpro)「目標は1000万契約、いよいよ『NOTTVおっぱじまる』」(2012年)/「語られた『NOTTV』撤退の理由」(きっかけの一つはドコモのiPhone販売参入)
NHK放送文化研究所「『NOTTV』4年3か月でサービス終了」(2016年8月)
NTTドコモ 報道発表資料「連結子会社の吸収合併に関するお知らせ」(2016年4月28日)