手のひら王国の興亡
情報処理王国史 外典第五十八巻
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手のひら王国の興亡

スマートフォンが来る前に、すべては終わっていた

ZAURUS Palm

ポケットの中にコンピュータを——その夢を誰よりも早く実現しようとした人たちがいた。

15年間、シャープは手書き認識を磨き、Palmはシンプルさを貫き、マイクロソフトはWindowsを小さくした。

そして2007年、音楽プレイヤーを作っていた会社が、すべてを一瞬で過去にした。

この記事について
本記事は実際の技術的・産業的背景に基づいたブラックコメディ仕立ての読み物です。引用・参照はすべて実在の製品・文献・報道に基づきますが、語り口はフィクション的表現を含みます。登場する企業・製品・人物に対する批判的意図はなく、「誰も悪くないのに、なぜこうなったのか」という問いへの洞察を目的としています。
CH.01

手のひらに、王国の芽が出た

1.1 Apple Newtonが「PDA」という言葉を作った

1993年8月。アメリカのボストンで、一つの新しい機械が世界に披露された。

Apple Newton(ニュートン)——アップルが開発した「個人用デジタル情報端末」である。クリーム色の板状の機械は、縦21センチ、重さ約450グラム。キーボードはなく、スタイラスペンで液晶画面に直接書き込む。住所録、スケジュール、メモ——「ポケットに入るコンピュータ」という夢が、初めて形になった。

アップルのジョン・スカリーCEOは、この製品を発表する際に新しい言葉を作った。

「Personal Digital Assistant」——PDA。

個人の秘書。手のひらの中に入る、スケジュールと住所録の管理人。その名の通り、この言葉はすぐに業界の標準用語になった。

1.2 笑えない手書き認識、そして廃止

しかし、Newtonの門出は必ずしも順調ではなかった。定価は699ドル(日本では約7万円超)。そして最大の売りだった「手書き文字認識機能」が、笑えないほど精度が悪かった。「I am writing a letter(手紙を書いています)」と書くと「Siam fighting a litter(シャムで戦闘中、床に散乱)」のような誤変換が起きた。米国の政治漫画「Doonesbury」(ゲイリー・トルドー作)にまで揶揄されるほどだった。

Newtonはその後改良を重ねた。しかし1997年にスティーブ・ジョブズがアップルに復帰すると、翌1998年2月にNewtonの開発中止が発表された。後継者はいなかった。

だが、種はまかれていた。「手のひらに、コンピュータを持ち歩く」という夢は、大西洋を越え、太平洋を越え、日本に届いた。


CH.02

ザウルスという、日本の答え

2.1 65,000円の手書き専用機が市場を制した

Newtonの発表から約1カ月後の1993年9月。シャープ株式会社が一つの製品を発売した。

Zaurus(ザウルス)PI-3000——価格65,000円。

モノクロ液晶、手書き入力、住所録・スケジュール管理。コンセプトはNewtonとほぼ同じだった。だが、決定的に違う点があった。「日本語が使える」ことだ。

Newtonは日本語対応が不十分だった。一方、ザウルスは最初から日本語の手書き文字認識に特化して設計された。漢字も、ひらがなも、カタカナも書ける。日本の住所や名前も問題なく入力できる。

開発チームは「電子手帳の次の世代」を目指し、「手書き入力こそが日本人にとって最も自然なUI」という信念のもとに設計した。
— シャープ公式ブログ「ザウルス誕生30年記念」(2024年3月)より要約
【用語解説】スタイラスペン
タッチスクリーンを操作するための細いペン状の道具。現在のスマートフォンは指で操作するが、1990年代〜2000年代のPDA・タブレットの多くは、先端が細いペンを使って画面をタッチ・手書き入力する方式を採用していた。ザウルスは感圧式を採用。紛失すると本体が文鎮と化すため、「スタイラスをなくした」は当時のPDAユーザーの定番の嘆きだった。

2.2 スーツの内ポケットに入った王国

ザウルスはヒットした。PIシリーズ、MIシリーズと進化を続け、日本のPDA市場においてシャープは「ほぼ独占」に近い支配力を持った。

1990年代後半、ビジネスパーソンのスーツの内ポケットには、手帳ではなくザウルスが入っていた。


CH.03

三国志の始まり——PalmとWindowsが参戦した

3.1 シンプルと互換の二大侵略者

1997年。海の向こうから、二つの侵略者が現れた。

Palm PilotWindows CEである。

Palm Pilotは1996年にアメリカで発売され、18カ月で100万台を突破した小さな奇跡だった。日本市場への進出は1997年前後。その設計思想はシンプルで徹底していた。「できることを絞り込む。起動は一瞬。電池は長持ち。同期はパソコンと。」

一方のWindows CEは、マイクロソフトが1996年に投入した「手のひら用Windows」だ。日本では1997年、カシオの「カシオペア」とNECの「モバイルギア」がいち早く採用した。

【用語解説】Windows CE
マイクロソフトが1996年に発表した、モバイル・組み込み機器向けのOS(基本ソフト)。後の「Pocket PC」(2000年)「Windows Mobile」(2003年)へと名称・仕様が進化した。最終的に「Windows 10 Mobile」が2019年12月にサポート終了。22年間の歴史に幕を閉じた。

3.2 三国志の実態——誰も標準化しなかった

かくして日本のPDA市場は三国志の様相を呈した。1999年度の日本のPDA出荷台数は約90万4,000台。2000年度は前年比41%増の約126万4,000台と推定された。市場は明らかに拡大していた。

しかし、拡大はバラバラだった。Palm用のアプリはZaurusで動かない。Windows CEのファイルはPalmで開けない。三陣営は互いに「自分が業界標準になる」と信じ、それぞれに独自の生態系を作り続けた。

誰も横断的な標準化など目指さなかった。なぜなら、標準化は「相手を生かすこと」だからだ。


CH.04

リナザウという叛乱

4.1 エンジニアのための「ポケットLinux」

2001年。シャープは、奇妙な選択をした。

次世代ザウルスのOSに、Linuxを採用したのだ。

「SL-5000D」——開発者向けに2001年11月に発売されたこの機種は、オープンソースのLinuxを搭載した。コマンドラインが動く。ターミナルが開ける。「手のひらの中に動くUnixがある」という事実は、ハードコアなITエンジニアたちを熱狂させた。

2002年8月、一般向けのSL-A300が発売され、「リナザウ(Linux Zaurus)」という愛称でコアなファンを獲得した。シャープはOSのソースコードを公開し、開発ツールまで無償提供した。

PDAというより、ポケットに入るLinuxサーバでした。sshでサーバに接続して、外出先で本番作業をしていた。
— 「私がLinuxザウルスを選んだ理由」価格.comマガジン より要約

SLシリーズは最終的に「SL-C3200」(2006年3月発売)まで続いた。VGA液晶とスライド式QWERTYキーボード。スペックだけなら当時のスマートフォンを凌いでいた。

4.2 旗印を上げるほど、船は沈んだ

しかし、ここに一つの矛盾があった。

「ポケットの中でLinuxを使いたいエンジニア」という層は、熱心だが少数だ。一般のビジネスパーソンは、コマンドラインより手書き認識を求めていた。シャープは高機能化するほど、一般市場から遠ざかった。

旗印は上がり続けた。船底には水が入り続けた。


CH.05

救世主にして、弔砲

5.1 日本初のスマートフォンと呼ばれた機械

2005年12月。シャープとウィルコムが、奇妙な機械を発売した。

W-ZERO3(ウィルコム03)——WS003SH。縦スライド式QWERTYキーボード、Windows Mobile 5.0、3.7インチVGA液晶(640×480ドット)、無線LAN搭載。日本では初の本格的な「スマートフォン」と呼ばれた。

発売前から予約が殺到し、発売日には量販店に行列ができた。「これは夢の機械だ」という熱狂が、インターネットの掲示板を埋めた。

【用語解説】PHS(Personal Handyphone System)
1995年に普及した日本独自の移動通信規格。データ通信の「つなぎ放題」が早期から普及し、W-ZERO3の常時接続を支えた。ウィルコム(旧DDIポケット)が運営したが、2010年に経営破綻。2023年にサービス終了。

5.2 「惜しい」は夢じゃない、呪いだ

しかしW-ZERO3は同時に「終わりの始まり」でもあった。すべてを詰め込んだ結果、本体は分厚く重くなり、バッテリーは半日しかもたなかった。爪楊枝のように細いスタイラスで、小さすぎるキーボードを操作する——それが2005年の「最先端」だった。

「これは惜しい」——誰もがそう感じた。惜しいが、惜しいままだった。


CH.06

王国の年代記

1993年8月 Apple Newton、ボストンのMacworld Expoで発表。価格699ドル。「PDA」という言葉が誕生する
1993年9月 シャープ、Zaurus PI-3000を65,000円で発売。日本語手書き入力に特化。PDA元年
1996年 Palm Pilot発売。18カ月で100万台突破。「シンプル設計」で世界席巻
1997年 カシオ「カシオペア」・NEC「モバイルギア」、Windows CE搭載で国内発売。PDA三国志が始まる
1997年 スティーブ・ジョブズ、アップルに復帰。翌1998年2月、Apple Newton開発中止を発表
1999年度 日本のPDA出荷台数:約90万4,000台。翌2000年度は前年比41%増の約126万4,000台
2001年11月 シャープ、Linux搭載「Zaurus SL-5000D」を開発者向けに発売。「リナザウ」誕生
2002年8月 一般向けリナザウ「SL-A300」発売。コアなエンジニアに熱狂的支持
2005年12月 W-ZERO3(WS003SH)発売。日本初の本格スマートフォンと呼ばれる
2006年3月 ザウルス最終モデル「SL-C3200」発売。VGA+QWERTYキーボードの集大成
2007年1月 スティーブ・ジョブズ、iPhoneを発表。「PDA+電話+インターネット」を一つに
2008年7月11日 iPhone 3G、ソフトバンクより日本発売。初代iPhoneは日本未発売
2008年 シャープ、Zaurusの後継機開発終了を発表。15年の歴史に幕
2010年 ウィルコム、経営破綻。PDA時代が完全に幕を閉じる
2019年12月 Windows 10 Mobile、サポート終了。1997年から22年続いたMSモバイルOSがすべて消える

CH.07

iPhoneという「裁定」

7.1 「電話を再発明する」

2007年1月9日。サンフランシスコのMoscone Center(モスコーニ・センター)で、スティーブ・ジョブズは言った。

「今日、我々は電話を再発明する。」

iPhone——全面ガラスの板。スタイラスも、物理キーボードも、スライドカバーもない。指で直接触れる大型マルチタッチディスプレイ。

iPhone 3Gが日本に上陸したのは2008年7月11日。同年、シャープはZaurusの後継機開発終了を静かに発表した。

7.2 「足し算」vs「引き算」——答えは一瞬で出た

PDA各社は15年間「足し算」をしてきた。機能を増やし、互換性を増やし、接続先を増やした。

Jobsが示した答えは「引き算」だった。物理キーボードを捨て、スタイラスを捨て、「なめらかさ」と「生態系」に集中する。結果として、15年間かけてPDA各社が積み上げたものは、一瞬で陳腐化した。

W-ZERO3は正しい方向を向いていたが、モバイルOSの設計思想が根本的に違った。iOSはすべてがタッチ操作のために設計されていた。Windows Mobileはデスクトップの縮小版だった。
— スマートフォン産業史を論じた複数のIT系メディア記事(2008〜2012年)より要約

ザウルスは日本語手書き入力を磨き続けた。しかし2008年以降の日本人は、フリック入力でスマートフォンに文字を打ち込んでいる。

手書き認識の精度が、問題ではなかった。


CH.08

誰も間違っていなかった、という結論

8.1 王国の終わりに、悪役はいなかった

この物語に、悪役はいない。

シャープは日本語手書き入力を磨き続け、ユーザーの要望に誠実に応えた。Palmはシンプルさという哲学を貫いた。マイクロソフトはパソコンとの互換性を重視し、企業ニーズに応えた。ウィルコムとシャープは、限られた制約の中で「できる最高のもの」を作った。

しかし、みんなが別々の方向を向いていた。

PDA各社は「より良いPDA」を作ろうとした。ジョブズは「新しいカテゴリー」を作ろうとした。「より良い」の追求と、「新しい」の創造は、しばしば交差しない。

8.2 問いは正しかった。答えは別の場所から来た

「移動中にも使えるコンピュータがほしい」——この問いは正しかった。だが各社がそれぞれに異なる答えを積み重ね、互換性のない孤島をたくさん作った。ユーザーは投資したプラットフォームが消えるたびに、乗り換えコストを払い続けた。

そして最終的に、「手のひら王国」を統一したのは、PDAメーカーではなく、音楽プレイヤーを作っていた会社だった。

王国の廃墟には今も、中古品市場でSL-C3200が愛され続けている。

「最後のザウルス」は、今も動く。

あなたはザウルスを使ったことがありますか?W-ZERO3の行列に並びましたか?
コメントで教えてください。「惜しかった」記憶が、この記事の続きを作ります。

スーツの内ポケットに、スタイラスが刺さっていた時代があった。
会議の前に、住所録を同期した時代があった。
ポケットの中でLinuxが動いて、それが夢だった時代があった。
 
その夢は、間違っていなかった。
ただ、答えは別の場所から来た。
 
―― 接続 維持

参考・引用資料
「ザウルス誕生30年記念」シャープ公式ブログ(2024年3月)
「手のひらサイズの名機Palm Pilot、モバイル市場を生み出す」日経クロステック
「アップルの異端児『Newton』、元祖PDAが残したもの」日経クロステック
「消えた情報端末『PDA』って知ってる?」マイネ王スタッフブログ
「”平成に生まれ平成に終焉した”プロダクト『PDA』」価格.comマガジン
「私がLinuxザウルスを選んだ理由」価格.comマガジン
「Windows 10 Mobileのサポートが終了、22年で途絶えたMSのモバイルOSを回顧」日経クロステック(2019年12月)
「Sharp releases W-ZERO3 / WS003SH qwerty Pocket PC」Engadget(2005年10月)
「2008年7月11日午前7時、iPhone 3Gの日本での販売開始」日経クロステック(2008年7月)
ザウルス — Wikipedia(日本語版)