ミレニアム王国の興亡
情報処理王国史 外典第九十六巻
🪟

ミレニアム王国の興亡

次の王朝が間に合わず、古い血筋で建てられた「つなぎ」の王国

WINDOWS ME MILLENNIUM
この記事について
この記事は、Windows Me(Windows Millennium Edition)にまつわる実際の出来事をもとにしています。年号・製品名・発言などはできるかぎり公開資料に沿って書いていますが、語り口は「王国の歴史書」に見立てたフィクション仕立てです。特定の企業や個人を批判する意図はありません。

西暦2000年。新しい千年紀という言葉が、まだ少しだけまぶしかったころ、ひとつの王国が名乗りを上げた。

その王は、発売当初こそ「家庭のための頼れる王」と歓迎された。ところが数年後には、技術史に残る不名誉な称号を背負うことになる。

なぜ、晴れやかに迎えられた王が「史上最悪」と呼ばれたのか。その答えは、王の性能よりも「生まれた事情」のほうにある。

CH.01

王国の建国

2000年9月、Windows Me が日本にも上陸する。看板は「PC ヘルス」、目玉は「システムの復元」。家庭のための王として、王国は晴れやかに門出を迎えた。

1.1 千年紀の名を冠した王

西暦2000年。新しい千年紀という言葉が、まだ少しだけまぶしかったころのことである。

その年の9月、ひとつの王国が名乗りを上げた。名を「ミレニアム」という。正式には Windows Millennium Edition、人々は縮めて Windows Me と呼んだ。アメリカでは9月14日に店頭へ並び、日本語版は9月23日に発売された。前日の9月22日夕方には、数量限定の特別パッケージが一足先に売り出され、家電量販店のソフト売り場に小さな列ができた。

1.2 「家庭のための王」という看板

王国は、自らを「家庭のための王」と名乗った。仕事用の堅牢な王朝(Windows 2000)とは別に、居間のパソコンで写真を整理し、動画を編集し、家族でインターネットを分け合う。そういう暮らしのための王である、と。

その看板政策には「PC ヘルス(PC Health)」という健康診断めいた名前がつけられていた。中でも目玉は「システムの復元」だった。

【用語解説】システムの復元
パソコンの設定を、過去の「うまく動いていた時点」まで巻き戻す機能。新しいソフトを入れて調子が悪くなっても、時間を戻すように元の状態へ戻せる。Windows Me で初めて家庭向けに搭載され、今のWindowsにもかたちを変えて受け継がれている。

新しい王は、たしかに未来の道具をいくつも携えていた。問題は、その王が「なぜ立てられたのか」という一点にあった。


CH.02

なぜ「つなぎ」の王が立ったのか

本来2000年に来るはずだったのは、家庭用と仕事用を一本化する新王朝だった。だが統一計画「Neptune」は間に合わず、暦だけが先に進む。空白を埋めるため、古い設計が急きょ引っぱり出された。

2.1 2年前の予告

じつはこの王国、初めから「短い治世」を宿命づけられていた。

さかのぼること2年、1998年。マイクロソフトのビル・ゲイツは、開発者向けの会議でこう予告していた。Windows 98 を、古い設計(9x系)の最後の王とする。次の家庭向けWindowsは、仕事用と同じ頑丈な土台(NT系)の上に建て、ふたつに分かれていた王朝をひとつに統一する、と。

「Windows 98 が、9x系の設計を使う最後のWindowsになる」
— 1998年、Windows Hardware Engineering Conference におけるビル・ゲイツの発言より要約

2.2 間に合わなかった新王朝

つまり本来なら、2000年に来るはずだったのは、頑丈な新王朝のほうだった。その第一歩として、家庭向けを新しい土台(NT系)へ移すために進められた計画が「Neptune(ネプチューン)」である。ところが、この移行事業は思ったより難物だった。作業は膨れ上がり、2000年中の完成にはとても間に合わない。Neptune は結局、日の目を見ずに畳まれた。

新王朝は、間に合わなかった。しかし、時代の暦は待ってくれない。2000年という節目に、家庭向けの新製品を何も出さないわけにはいかない。

そこで王国は、苦肉の策に出た。古い血筋(9x系)の設計をもう一度だけ引っぱり出し、そこへ新機能を継ぎ足して、一体の王に仕立てたのである。それがミレニアムだった。

【用語解説】OSのカーネル(設計の土台)
パソコンを動かす基本ソフト(OS)の、いちばん奥にある心臓部。ここが古い設計(9x系)か、新しい頑丈な設計(NT系)かで、安定性が大きく変わる。Windows Me は古いほうの土台に新機能を載せた、いわば「新築の内装をした古い家」だった。
[俯瞰メモ] この「本命が間に合わず、間に合わせが正式版になる」という筋書きは、Windows Me だけのものではない。締め切りが動かせないとき、組織はしばしば「完成した最善」ではなく「間に合った次善」を世に出す。責める先が見当たらないまま、しわ寄せだけが残る型である。

CH.03

王の新しい装い

古い土台の上とはいえ、ミレニアムは動画編集やホームネットワークなど、当時の家庭に新しい道具をそろえていた。ADSL普及期の空気とよく合い、門出の評判は悪くなかった。

3.1 時代の空気に合った道具

古い土台の上とはいえ、ミレニアムは当時の家庭にとって目新しい道具をそろえていた。

動画をつなぎ合わせて編集できる「Windows ムービーメーカー」。音楽も映像も再生できる「Windows Media Player 7」。家じゅうのパソコンを一本の回線でつなぐ「ホームネットワークウィザード」。機器をつなげば自動で認識してくれる仕組み。ちょうど日本の家庭のインターネットが、電話回線から常時接続の時代へと移りはじめ、「一家に一台」から「一家に複数台」へと動こうとしていた時期である。王国の売り込みは、時代の空気とよく合っていた。

【用語解説】ホームネットワーク
家の中の複数のパソコンや機器を、一本のインターネット回線でつないで共有する仕組み。今でこそ家庭Wi-Fiで当たり前だが、当時は設定が難しく、王国はこれを「ウィザード(案内役)」で自動化しようとした。

3.2 晴れやかな門出

発売直後、評判はむしろ悪くなかった。「システムの復元」や「PC ヘルス」は、パソコンに詳しくない家庭のユーザーにとって心強い安全網だと歓迎された。専門誌のレビューにも、前向きな言葉が並んだ。

王国の門出は、晴れやかだった。少なくとも、この時点では。


CH.04

「MS-DOSへ降りる扉」を閉じた王

ミレニアムは起動を速くするため、古いMS-DOSへ直接降りる「裏口」を制限した。狙いはまっとうだったが、その裏口を頼りにしていた古い業務ソフトや周辺機器が動かなくなった。

4.1 閉ざされた裏口

ミレニアムには、目立たないが決定的な「改造」がひとつあった。

歴代のWindowsは、その足元に MS-DOS という古い基盤を隠し持っていた。いざとなればWindowsを介さず、この古い基盤に直接「降りて」操作できた。長年のユーザーや、業務用の古いソフトは、この「裏口」を頼りにしていた。

【用語解説】MS-DOS とリアルモード
MS-DOSは、Windows以前からある文字入力中心の古い基本ソフト。「リアルモード」は、Windowsを経由せずこの古い基盤を直接動かす状態を指す。昔の業務ソフトやゲームには、この状態でしか動かないものが多くあった。

4.2 まっとうな狙いが生んだ断絶

ミレニアムは、この裏口を事実上ふさいだ。正確には、起動を速くし、ソフト同士の衝突を減らすために、リアルモードのMS-DOSへ降りる経路を制限したのである。狙いはまっとうだった。速く、安全に、家庭向けに。

ところが、である。古い裏口を頼りに動いていた業務ソフトや周辺機器は、この改造でとたんに動かなくなった。「前のパソコンでは動いていたソフトが、新しいパソコンで動かない」。家庭向けをうたった王国は、その古さと新しさの中途半端さゆえに、あちこちで小さな断絶を生んだ。

ちなみに Windows Me は、MS-DOS を土台に持つ最後のWindowsとなった。裏口を閉じた王が、同時に「MS-DOSの血を引く最後の王」でもあったというのは、歴史の皮肉である。

[読者へのひとこと] 「速くするために古い入口を閉じたら、その入口で食べていた人が困った」。この構図は、業務システムの刷新でもよく起きる。新しくする側の正しさと、古いまま動いていた現場の事情は、しばしば別の理屈で回っている。

CH.05

「史上最悪」の烙印

普及とともに不安定さが噴出する。青い画面が王国の紋章のように語られ、看板だった「システムの復元」さえ疑われた。歓迎から酷評へ。落差そのものが、この王の宿命だった。

5.1 軋みはじめた継ぎ目

門出は晴れやかだった。しかし、蜜月は長くは続かなかった。

普及が進むにつれ、王国のあちこちから悲鳴が上がりはじめた。インストールがうまくいかない。動かしても不安定になる。ほかの機器やソフトとかみ合わない。そして、止めようとしても止まらない。青い画面(ブルースクリーン)は、いつしかこの王国の紋章のように語られるようになった。

古い土台に新しい機能を無理やり継ぎ足した、その継ぎ目が、あちこちで軋んだのである。

5.2 「間違い版」という称号

「Windows Me は Mistake Edition(間違い版)だ」
— PC World「史上最悪のテック製品25」特集(2006年)より要約

やがてミレニアムは、技術史に残る不名誉な称号を与えられる。PC Worldは2006年、「史上最悪のテック製品25」の第4位に Windows Me を挙げ、「Mistake Edition(間違い版)」と呼んだ。発売当初こそ好意的に迎えられた王が、である。

[皮肉メモ] 看板だった「システムの復元」自体が、不安定さの一因になったという声さえあった。健康を守るはずの機能が、健康を損なう疑いをかけられる。守りの切り札が、真っ先に疑われる。この転倒もまた、ミレニアムらしい結末だった。

CH.06

わずか14か月の治世

2001年、統一王朝Windows XPが即位する。1998年に約束された「家庭用と仕事用の統一」がついに実現し、人々は古い王をあっさり見限った。ミレニアムの在位は、わずか1年あまりだった。

6.1 帰ってきた新王朝

新王朝は、思ったより早く帰ってきた。

2001年10月25日、家庭用と仕事用をひとつに束ねた新しい王「Windows XP」が米国で即位する。頑丈な土台(NT系)の上に、家庭向けの親しみやすい顔を載せた、まさに1998年に約束された「統一王朝」だった。日本語版も同じ年の11月16日に登場した。

6.2 早すぎる退位

ミレニアムの治世は、発売からわずか1年あまり。歴代Windowsの中でも、際立って短い在位だった。人々は古い王をあっさりと見限り、新王朝へと移っていった。もとより「つなぎ」として立った王である。役目を終えれば、退くのも早い。

マイクロソフトによる公式の支援も、静かに幕を下ろした。基本的なサポートは2003年末に、延長サポートも2006年7月11日に終了する。同じ日、兄にあたる Windows 98 のサポートも終わった。9x系という古い血筋は、この日、まとめて歴史の彼方へと送られたのである。


CH.07

王国の年代記

1998年 ビル・ゲイツが「Windows 98 を9x系最後のWindowsにする」と表明。次期家庭向けはNT系へ統一する構想
2000年6月19日 Windows Me が製造工程向けに完成(RTM)
2000年9月14日 米国で Windows Me 発売
2000年9月22日 日本で数量限定の特別パッケージを先行販売(アップグレード6,400円)
2000年9月23日 Windows Me 日本語版 発売
2001年10月25日 後継となるNT系の Windows XP が米国で発売
2001年11月16日 Windows XP 日本語版 発売
2003年12月31日 Windows Me の基本(メインストリーム)サポート終了
2006年7月11日 Windows Me の延長サポート終了(Windows 98 と同日)

CH.08

誰も悪くなかった、という結末

統一計画の遅れも、節目に製品を出す判断も、古い土台の再利用も、それぞれの場所では正しかった。ただ「新王朝は間に合わない、けれど暦は待てない」という一点で、割を食ったのがミレニアムだった。

8.1 悪役のいない物語

ミレニアム王国を振り返ると、悪役がひとりも見当たらないことに気づく。

新王朝を統一しようとした計画は、志が高すぎて間に合わなかった。それ自体は、決して怠慢ではない。難事業に挑めば、遅れることはある。一方で、2000年という節目に家庭向けの製品を出すという判断も、ビジネスとしては筋が通っている。古い土台をもう一度使うのも、限られた時間の中では現実的な選択だった。継ぎ足した新機能そのものは、のちのWindowsへ受け継がれるほど優れていた。

一人ひとりの判断は、それぞれの場所で正しかった。ただ、その正しさが「新王朝は間に合わない、けれど暦は待てない」という一点でぶつかったとき、割を食ったのが、あいだに立たされたミレニアムだった。

8.2 つなぎに名前を与えると

ここに、組織というものの厄介な性質が透けて見える。「つなぎ」というのは、本来なら名前を持たない、ただの空白のはずだ。ところが、その空白に製品名を与え、値札をつけて店頭に並べた瞬間、それは「本物の王」として評価されてしまう。つなぎのつもりのものが、つなぎとしてではなく、一個の完成品として裁かれる。ミレニアムの不運は、性能そのものよりも、この「立ち位置」にあったのかもしれない。

[読者へのひとこと] あなたの会社にも、似た存在がいないだろうか。次の仕組みが出そろうまでの「暫定運用」のはずが、いつのまにか正式な業務として根を張り、誰もが「本物」として不満をぶつけている、あの仕組みである。つなぎに名前を与えると、それはもう、つなぎではいられなくなる。

8.3 橋になれなかった橋

短い治世を終えたミレニアムは、次の王朝への橋を渡した。橋になれなかった橋、とも言える。だがその失敗があったからこそ、統一王朝XPは長きにわたる安定の時代を築いた。

王国は、間に合わなかった未来のために、みずから隙間を埋めて消えていった。

つなぎのために生まれた王は、
つなぎのままではいられず、
一個の王として裁かれ、
そして静かに退いた。
橋になれなかった橋の上を、
次の時代が渡っていく。
――復元 未完了

参考・引用資料
マイクロソフト報道発表資料(2000年)
Windows Hardware Engineering Conference(1998年)でのビル・ゲイツ発言
PC World「The 25 Worst Tech Products of All Time」(2006年)
各社報道(ASCII・PC Watch ほか)