フロッピーディスク王国の興亡
情報処理王国史 外典第十九巻

フロッピーディスク王国の興亡

1.44MBの円盤が、日本の行政を53年縛り続けた話

FLOPPY DISK 1.44MB
この記事について
本記事は、フロッピーディスク(以下「FD」)と日本の行政手続きにまつわる実話を、歴史書風の語り口で再構成したものです。年月日・統計値・人物の発言・法令の名称はすべて公的な資料・報道に基づいていますが、表現のトーンは外典シリーズの作風として一部誇張を含みます。
【用語解説】FD(Floppy Disk/フロッピーディスク)
1971年にアメリカのIBM社が出荷した、磁気で情報を記録する円盤型の媒体。柔らかい(floppy/フロッピー)プラスチック板に磁性体を塗ってあるため、この名がついた。8インチ→5.25インチ→3.5インチと小型化し、1980〜90年代の事務作業の主役だった。1枚に入る容量は最終形(3.5インチ 2HD)で約1.44MB(メガバイト=100万バイト)。スマートフォンで撮る写真1枚が4MB前後なので、いまの感覚では「写真半分も入らない」サイズである。
CH.01

磁気の発明 ― 1971年、IBMの倉庫から始まった

物語は1960年代後半のカリフォルニア州、IBMサンノゼ研究所から始まる。当時IBMは、メインフレーム機(大型業務用コンピューター)に新しい制御プログラムを配るための、安価で持ち運びやすい媒体を必要としていた。テープではかさばる。穿孔カード(紙に穴を開けてデータを表す古い記録方式)では遅い。

その仕事を任されたのが、製品マネージャーのアラン・シュガート。彼が1967年にデビッド・L・ノーブルにプロジェクトを託し、開発が始まる。1971年、IBMは「IBM 23FD」(コードネーム Minnow)として完成品を出荷する。直径8インチ(約20センチ)、容量はわずか80KB(キロバイト=1,000バイト)、読み出しのみ(リードオンリー)。それでも、輸送と書き込みを切り離せる「外付けの記憶媒体」という発想は、当時として革命的だった。

【用語解説】FDD(Floppy Disk Drive)
FDを読み書きするための装置。日本では「FD」と「FDD」を区別せずに「フロッピー」と呼ぶことが多い。

1973年、シュガートはIBMを離れて自らの会社(シュガート・アソシエイツ)を設立する。1976年、5.25インチの読み書き可能なFDが登場し、1981年8月にIBMが新発売した個人向けコンピューター「IBM PC」がこれを採用。その後ソニーが小型化を主導した3.5インチが80年代半ばに普及した。

円盤の中の情報は、磁石の向きで0と1を表現する。電源を切っても消えない。湿気と磁石とコーヒーには弱い。それでも、当時の人類が手に持って運べる「データの容れ物」としては、最も信頼できる発明だった。

俯瞰メモ:磁気記録という発想の継承。シュガートは1979年にシーゲイト・テクノロジー社を共同創業し、ハードディスクドライブ(HDD)の量産を進める。FD・HDD・後のSSDまで、現代のストレージの大半は、彼の人脈から派生したと言ってよい。
— Computer History Museum「1971: Floppy disk loads mainframe computer data」より要約

CH.02

日本上陸 ― PC-9801と「国民機」の時代

日本にFDが本格的に上陸したのは、1982年10月のことである。NECがPC-9801を発売した。16ビットCPU、本体価格298,000円。当初FDDは別売り(後に内蔵モデルが登場)だったが、これが日本のオフィスPC市場を席巻していく。

俯瞰メモ:1980年代後半、日本国内のパソコン市場でPC-9800シリーズのシェアは90%を超えた。累計出荷台数は1,830万台。世界がIBM PC互換機(PC/AT互換機)に統一されていく中、日本だけはNECの独自規格で動いていた。これが後のすべての「ガラパゴス問題」の原型となる。
— ASCII.jp「元祖ガラパゴスだからこそ日本の業界をひっぱり育てたNEC PC-9801」より要約
【用語解説】ガラパゴス(の、ような)
太平洋のガラパゴス諸島で生物が独自進化を遂げたことになぞらえ、日本市場が世界標準と異なる方向に独自発展した状態を指す比喩。ここではPC-9801の独自規格化を指す。

1985年5月、NECは3.5インチFDDを搭載した小型機「PC-9801U2」を発売する。それまで主流だった5.25インチ(一辺約13センチ)のフロッピーから、3.5インチ(一辺約9センチ、硬いプラスチックケースに入っている)へと、媒体の小型化が始まった。役所の窓口でも、企業の経理でも、研究室でも、人々はこの薄い四角を抱えて歩くようになる。

書類を持って役所に行く時代は、ゆっくりと終わりつつあった。代わりにやってきたのは、この四角を持って役所に行く時代だった。


CH.03

1.2MBか、1.44MBか ― ガラパゴスの誕生

ところが、ここで面倒な問題が起きる。

世界標準のIBM PC/AT互換機(DOS/V機と呼ばれた)が採用していた3.5インチ 2HD(高密度フォーマット)の容量は、1.44MB。一方、日本のPC-9801が採用していた3.5インチ 2HDの容量は、1.2MB。1セクターあたりのバイト数とトラック数の決め方が違ったため、同じ「3.5インチ 2HD」と呼ばれていながら、互いに読み書きできなかった。

【用語解説】2HD(two-sided high-density)
「両面・高密度」を意味するFDのフォーマット規格。同じ2HDでもPC-98形式(1.2MB)とDOS/V形式(1.44MB)があり、日本では長らく両者が混在した。DOS/Vとは、IBM PC互換機を日本語化するためのOS/環境のこと。
皮肉メモ:誰も悪くない調整問題。NECは互換性を、IBM PCは標準化を、それぞれ自分の市場の中で先に決めた。後から「世界と日本で同じ円盤が使えない」と気づいたが、すでに数百万台のPC-9801が出回っていて、いまさら片方を捨てる経済的選択肢はなかった。
— Wikipedia「PC-9801シリーズ」「フロッピーディスク」より要約

妥協案として登場したのが「3モードFDD」である。720KB(旧フォーマット)/1.2MB(PC-98形式)/1.44MB(DOS/V形式)の3つを切り替えて読み書きできるドライブ。日本のメーカーだけが律儀に作り続けた、世界では誰も困っていない部品だった。

1995年、マイクロソフトのWindows 95が登場し、PC/AT互換機が日本市場に押し寄せる。PC-9801の独自帝国は次第に崩れていく。それでも企業の総務部・経理部・市役所の窓口では、3モード対応FDDが「念のため」と言って2010年代まで使われ続けた。


CH.04

ソニー、最後の灯を消す ― 2011年3月末

時代の節目は、思いがけない形でやってきた。

1998年、アップル社が発売した新しいパソコン「iMac」は、それまで当たり前だったFDD搭載をやめた。代わりにCD-ROMドライブとUSBポートを載せた。当時、業界は「FDなしでどうやってデータを持ち歩くんだ」と騒いだが、結果的にこれがFD終焉の始まりだった。

「もう保存メディアは、フロッピーじゃなくてもいい」
— スティーブ・ジョブズ復帰後のアップル社の設計思想(1998年)

2000年代に入り、CD-R、USBメモリ、ブロードバンド経由のメール添付、社内ファイルサーバーが普及していく。FDの市場は急速に縮小した。

そして2010年4月23日、ソニーは「3.5型フロッピーディスク全6機種を2011年3月末に国内販売終了する」と発表する。世界で最後までFDの量産を続けた一社の撤退表明だった。中国の協力工場での製造も同月で打ち切られた。

2011年3月末、ソニーはFDの国内販売を予定通り終えた。媒体としてのFDは、これをもって市場から事実上姿を消した。

【用語解説】USBメモリ
親指サイズの記憶装置。USB端子に差すだけでパソコンが認識する。容量はFDの数千倍〜数万倍。価格は1,000円台から。FDの後継として2000年代に普及した。

CH.05

法令の中で生き続ける ― 1,900条項の幽霊

ところが、王国はここで終わらなかった。

家電量販店の棚から消え、メーカーが生産を終えても、フロッピーディスクは別の場所で生き続けていた。法令の条文の中である。

省令や告示の中に、こういう文言があちこちに残っていた。「磁気ディスク(フロッピーディスクに限る)に記録して提出すること」「光ディスクまたはフロッピーディスクで保存しなければならない」── 役所が事業者に申請書類を出させる際の、媒体の指定である。

皮肉メモ:誰も触れたがらないボタン。法令を改正するには、所管省庁が改正案を起案し、関係省庁と協議し、内閣法制局でチェックを受け、必要に応じて閣議決定を経る。手続きは決して軽くない。「いま現にFDで運用が回っている」「事業者から不便だという声が大きく上がっていない」という二点の前で、改正の優先順位は永遠に下がっていった。
— 日経クロステック「時代遅れの『フロッピーディスク』申請、国の1900条項がいまだに採用し続ける理由」より要約

2022年に経済産業省所管分だけ調べただけでも、FDなど媒体を指定する規定は34本の省令にまたがっていた。厚生労働省では、医薬品や医療機器の承認申請を「FD申請」という名前のシステムで運用しており、オンライン申請が可能になった後でもこの名称は残った。

デジタル庁が初期に全省庁横断で精査したところ、FDなど特定媒体の利用を求める法令・通達は約1,900〜2,100条項あったとされる。その後、デジタル庁が「対応すべき規制」として最終的に整理し直した数は1,034件である。1件にまとめられたものや、運用上FDのみで処理されていた告示などを精査した結果、1,034件が見直し対象として確定した。

製造は終わっていた。販売も終わっていた。しかし、行政手続きとしてはまだ「FDで提出すること」が法律で求められていた。新規開業の事業者は、すでに新品が手に入らない円盤を、ヤフオクや在庫処分品で買い集めて役所に提出する。そういう時代が、2020年代まで続いていた。

あなたの会社の引き出しの中にも、まだ眠っていないだろうか。黒い小さなプラスチックの四角。表面に金属のシャッターが付いていて、ラベルに何か手書きされたまま、誰も中身を確認できなくなった円盤。それは2020年代の日本のオフィスで、決して珍しくない光景だった。


CH.06

河野太郎、宣戦布告 ― 2022年夏

転機は2022年8月10日にやってきた。第二次岸田改造内閣で、河野太郎衆議院議員がデジタル大臣に就任する(デジタル庁発足以来3人目の大臣)。

就任から約20日後の2022年8月30日、河野氏は記者会見で次の趣旨の発言をする。

「行政手続きにおいて、フロッピーディスクや光ディスクなど媒体を個別に指定している法令が、結構な数残っている。年内を目途に見直しの方向性を整理したい」
— 河野太郎デジタル大臣 就任後の記者会見(2022年8月30日/要旨)

翌2022年8月31日、河野氏は自身のX(旧Twitter)アカウントで、英語のツイートを投稿する。

“Digital Minister declares a war on floppy discs. There are about 1,900 government procedures that require the business community to use discs, i.e., floppy disc, CD, MD, etc to submit applications and other documents. The Digital Agency will change these regulations to enable the use of online methods.”

(要約:デジタル大臣はフロッピーディスクに宣戦布告する。事業者にFD・CD・MD等での申請書類提出を求めている行政手続きが約1,900件ある。デジタル庁はこれらをオンラインで提出できるよう改正していく。)
— 河野太郎 X(旧Twitter)公式アカウント(2022年8月31日)

これがSNSで一気に拡散し、海外メディアも「日本のデジタル大臣がフロッピーに宣戦布告」というニュースを一斉に報じた。欧米では「日本では2022年にもなってまだフロッピーで申請するのか」と驚かれた。

俯瞰メモ:「アナログ規制」一括見直し。デジタル庁が掲げたのは、FDだけを潰す話ではなかった。「目視」「対面」「常駐」「書面交付」「定期検査」「フロッピーディスク等媒体指定」など、デジタル化を阻む法令上の縛り全体を「アナログ規制」と名付け、約1万条項を一括で見直すという計画である。FDはその中の象徴的な一項目だった。
— デジタル庁「アナログ規制の見直しに係る取組の概要」(2024年9月)より要約

2024年3月、河野氏はFDなど媒体を指定する規制1,024件のうち、969件をすでに改正済みで、残るは55件だと国会で報告する。さらに6月14日時点で、対象1,034件のうち1,033件まで改正が完了し、最後の1件 ──「使用済自動車の再資源化等に関する法律施行規則」(環境省・経済産業省共管)が残った状態となった。

そして2024年6月28日、この最後の1件が改正・施行され、FDの使用を法律上求める規定はすべて姿を消した。

「フロッピーディスクとの戦いに勝利した」
— 河野太郎デジタル大臣(2024年7月3日 全廃完了発表時の声明・要旨)

7月3日、デジタル庁が正式に全廃完了を発表する。河野氏は同年10月1日にデジタル大臣を退任する。約2年2か月の任期で、彼は1971年から2024年まで続いた「行政におけるFDの時代」を、自分の在職中に終わらせた。


CH.07

王国の年代記

1971年 IBMが「IBM 23FD」(8インチFD・容量80KB・読み出し専用)を出荷開始。アラン・シュガート/デビッド・L・ノーブルらが開発
1976年 シュガート社が5.25インチFD発表
1981年8月 IBM PCが発売、5.25インチFDDを採用
1982年10月 NECがPC-9801を発売(16ビット、298,000円)。日本のPC黎明期始まる
1985年5月 NECがPC-9801U2発売。同シリーズ初の3.5インチFDD搭載モデル
1980年代後半 PC-9801が国内市場シェア90%超に。累計1,830万台
1990年代 3.5インチ 2HDが事務の標準に。PC-98形式(1.2MB)とDOS/V形式(1.44MB)が並立、3モードFDDで吸収
1995年8月 Windows 95発売(米国)。PC/AT互換機が日本市場へ本格上陸
1998年 アップルがiMacからFDDを廃止。FD終焉の予兆
2010年4月23日 ソニーが3.5型FD全6機種の国内販売終了を予告
2011年3月末 ソニーが国内販売を終了。FDの量産事実上終了
2019年6月 米国戦略軍SACCS(核ミサイル制御システム)が8インチFDの使用を停止
2022年8月10日 河野太郎がデジタル大臣に就任(庁発足以来3人目)
2022年8月30日 河野大臣が「FDなど媒体指定法令の見直し」を会見で初表明
2022年8月31日 河野大臣がXで英語ツイート「Digital Minister declares a war on floppy discs.」
2024年1月22日 経済産業省が34省令でFDの使用指定を廃止
2024年3月13日 残るFD指定規制が55件まで減少と国会報告
2024年6月14日時点 1,034件中1,033件改正完了。残り1件(自動車リサイクル法関連)
2024年6月28日 自動車リサイクル法施行規則が改正・施行。FD指定規制が全廃
2024年7月3日 デジタル庁が全廃完了を正式発表。河野氏「FDとの戦いに勝利」
2024年10月1日 河野太郎がデジタル大臣を退任
【用語解説】SACCS(Strategic Automated Command and Control System)
米国戦略軍の自動指揮統制システム。核兵器・大陸間弾道ミサイル(ICBM)・戦略爆撃機を結ぶ司令系統。2019年6月までこの中枢で1970年代製IBM Series/1コンピューターと8インチFDが現役だった。「外部ネットワークに繋がっていないので逆に安全」という運用思想で、半世紀近く更新されなかった。

CH.08

保存ボタンは、まだ円盤のままだ

王国は確かに終わった。

2024年7月以降、日本の事業者がFDを役所に持っていく場面はほぼなくなった。新規開業者がヤフオクで中古FDを買い集める必要もなくなった。3モードFDDの内蔵PCを在庫として抱えていた古いベンダーは、ようやくその在庫を諦めることができた。

しかし、王国は完全には消えていない。

いま読者がこの記事を読んでいるパソコンの、Microsoft Wordの左上を見てほしい。「保存」ボタンのアイコンが、いまだに3.5インチフロッピーディスクの形をしているはずだ。Excelもそうだ。多くの業務ソフトウェアもそうだ。媒体としてのFDは消えても、保存という行為のシンボルとしてのFDは、ソフトウェアのUI(ユーザーインターフェース=画面の見た目)の中に深く埋め込まれている。

UIデザインの世界には、「メタファー」と「イディオム」という考え方がある。「保存」を「フロッピーに書き込むこと」になぞらえるのがメタファーだ。それが定着して、フロッピーを見たことがない世代でも「この四角いマークを押すと保存できる」と無意識に理解できるようになると、それはもうイディオム(慣用記号)になっている。

「保存アイコンがフロッピーディスクのままなのは、過去への執着ではない。それは、私たちが何を守りたいのかを示す、最後の翻訳の形である。」
— UIデザインに関する複数の論考の趣旨(2010年代以降)

行政の中のFDが消えるのに53年かかったように、UIの中のFDも、まだしばらくは残るだろう。

人間の組織は、入れ替えが面倒な仕組みほど長持ちする。FDという物体は1971年に生まれ、2024年に法令から消えた。しかし「いま動いているものを、わざわざ止めて入れ替える」ことの難しさそのものは、別の名前で、別の形で、いまも私たちの周りで動いている。

ファイルサーバーの中の、誰も中身を知らない共有フォルダ。誰も触り方を知らない基幹システム。退職者しか書式を覚えていないExcel様式。個別の名前は違っても、本質は同じだ。

王国はいつでも、誰かが宣戦布告するまで、静かに続く。

そして、宣戦布告が終わった後でも、その王国が遺した形は、保存アイコンのように、私たちの画面に残り続ける。

この記事を読み終えたあと、もう一度Wordを開いて、左上の保存ボタンを見てほしい。あの四角は、もはや「過去」ではない。いま動いているものを止めるのは、いつも難しいという、ただの真実の象徴である。


かくして、円盤は消えた。
役所の引き出しの奥から、
家電量販店の棚から、
法令の条文から、
静かに退場していった。
それでも、保存ボタンは今日も、
あの薄い四角の形をしている。
クリックされるたび、
誰も気づかないまま、
53年前のIBMの倉庫に、
磁気の合図が届いている。
――書き込み 完了
――ディスクを取り出してください

参考・引用資料
ITmedia エンタープライズ「河野大臣”フロッピー行政”にあぜん、『アナログ規制』法令1900条項を全廃へ」(2022年9月2日)
ITmedia NEWS「『フロッピーなどで提出』規制、1024件→55件に 河野太郎氏が報告 国への申請など」(2024年3月13日)
ITmedia NEWS「『フロッピー使用』義務付ける規定を廃止 経産省が省令改正」(2024年1月23日)
日本経済新聞「フロッピー提出の行政手続き撤廃へ 河野太郎デジタル相」(2022年8月30日)
経済産業省プレスリリース「記録媒体として、FD(フロッピーディスク)等を指定する規制等の見直しのため、経済産業省所管の省令の改正を行いました」(2024年1月22日)
ScanNetSecurity「最後の 1 件は自動車リサイクル関係 〜 フロッピーディスクの使用を求める規制 全廃」(2024年7月)
nippon.com「フロッピー規制、近く全廃 河野氏『今月中には完了』」
Arab News Japan「日本、フロッピーディスクの政府使用廃止に向けた取り組みで勝利宣言」
Arab News Japan「日本の河野デジタル大臣がフロッピーディスクに『宣戦布告』」
Digital Agency(デジタル庁)「Scrapping of Regulations Governing the Use of Floppy Disks and Other Recording Media」公式リリース
デジタル庁「フロッピーディスク等の記録媒体を指定する規定の見直しについて」(2022年12月7日 行政事業レビュー資料)
デジタル庁「アナログ規制の見直しに係る取組の概要について」(第7回デジタル関係制度改革検討会資料・2024年9月25日)
ソニー株式会社「3.5型フロッピーディスク販売終了のお知らせ」(2010年4月23日)
PC Watch「ソニー、3.5インチフロッピーの国内販売を2011年3月末で終了」(2010年4月)
Computer History Museum「1971: Floppy disk loads mainframe computer data」
Wikipedia「フロッピーディスク」「フロッピーディスクの歴史」「PC-9801シリーズ」「PC-9800シリーズ」「IBM PC」
ASCII.jp「元祖ガラパゴスだからこそ日本の業界をひっぱり育てたNEC PC-9801」
GIGAZINE「The floppy disk built in the nuclear weapons operation system is finally abolished」(2019年10月)
GIGAZINE英語版「The Japanese government has abolished the restrictions on floppy disks, and the next step is to review faxes and other systems」(2024年7月)
河野太郎公式サイト「デジタル大臣を振り返って」(2024年10月)
Goodpatch Blog「保存アイコン=フロッピーディスクの時代は終わった…?」
President Online「『Wordの保存』は今でもFDのアイコン…『パソコン利用者の必需品』だったフロッピーディスクの偉大な功績」