パソコン通信王国の興亡
公衆回線が結んだ「もうひとつのインターネット」十九年戦争
本稿は、1985年から2006年まで日本に存在した「パソコン通信」という独自の情報空間――NIFTY-Serve、PC-VAN、アスキーネット、そして名もなき数百の草の根BBS(ビービーエス:個人運営の電子掲示板)――が、いかにして栄え、いかにして消えていったかを、年代記の体裁で記録する試みです。事実関係は公開資料に基づきますが、語り口にはブラックコメディの装飾を含みます。
王国は派手に滅んだのではありません。電話線が静かに鳴り止んだだけです。
開闢 ― 電電公社が民営化された日から
1985年4月1日、日本電信電話公社(電電公社)が民営化されてNTT(エヌティーティー)となった。同時に「電気通信事業法」が施行され、それまで電話会社の独占物だった電話回線に、電話以外の機械を繋ぐことが正式に許可された。
回線が開放されたその年の5月、株式会社アスキーが実験サービス「ASCIInet」を立ち上げた。翌1986年4月26日、日本電気(NEC)が「PC-VAN」(ピーシーバン。VANは Value Added Network=付加価値通信網の略)を商用化。日本初の本格的な有料パソコン通信サービスである。
そして1987年4月15日、富士通と日商岩井の合弁会社 N.I.F.(エヌ・アイ・エフ)が、米国 CompuServe(コンピュサーブ)の技術提供を受けて「NIFTY-Serve」を開始した。社名 N.I.F. と CompuServe を結合した造語である。
電話線は、もう「話す」ためだけのものではなくなった。
二大王朝 ― PC-VANとNIFTY-Serve
1990年代前半、王国はおおよそ二つの王朝が並立する時代に入った。
NEC陣営の PC-VAN は、自社製パソコン PC-9801(ピーシーきゅうはちまるいち)の圧倒的シェアを背景に、初期の覇権を握った。一方、富士通+日商岩井連合の NIFTY-Serve は、後発ながら CompuServe 由来の「フォーラム」運営文化を持ち込み、徐々に追い上げた。
NIFTY-Serve はピーク時、約273万人の会員を抱えた。アスキーネット、PC-VAN、そして「People」「JOY-NET」「日経MIX」など各社のサービスがそれを追ったが、最後までこの二強体制は揺るがなかった。
会員には数字とアルファベットを組み合わせた接続用 ID が与えられた。NIFTY-Serve では「英字3文字+数字5文字」(例:ABC12345)の8桁。名刺の隅に「NIFTY-Serve: PAF02356」と刷る人がいた時代である。
封建制の構造 ― シスオペという王、フォーラムという領地
NIFTY-Serve の中心にあったのは「フォーラム」と呼ばれる電子会議室の群れだった。料理、登山、SF、自動車、各種プログラミング言語、地域コミュニティ、果ては失恋相談まで、あらゆるテーマに専用フォーラムが存在した。最盛期、その数は 公式フォーラムだけで1,000を超えた とされる。
各フォーラムには シスオペ(SYSOP:System Operator の略。直訳「システム運営者」)と呼ばれる管理者が君臨した。シスオペは、自分のフォーラムに何個の会議室(最大20)を作るか、どんな話題を許すか、誰を出禁にするかを決める権限を持つ「領主」だった。
驚くべきは、その報酬の構造である。NIFTY-Serve では、会員がフォーラムに接続している時間の課金の一部が、シスオペに「キックバック」として支払われた。人気フォーラムのシスオペは、年収4,000万円を超えたという話が、業界誌や関係者の回顧録に残っている。
電話代を払って書き込みに来る会員と、書き込みを誘発するシスオペ。両者の利害は静かに一致していた。
ピーガー音と「赤字の手紙」 ― 通信費という重力
王国の通貨は二重構造だった。
第一の通貨はサービス利用料。NIFTY-Serve では「月額基本料+一定時間まで込み・超過分は1分10円」という従量制が基本だった(標準コース:月額2,000円・月15時間込み/スペシャルコース:月額5,000円・月50時間込み、いずれも超過分1分10円)。第二の、そしてしばしばより重い通貨が 電話料金 である。
接続にはモデムが電話をかける必要があった。受話器を取ると「ピー、ガー、シャー」という独特のハンドシェイク音(接続確立のための信号交換音)が聞こえた。あれは、課金の開始音でもあった。
通信速度は時代と共に上がっていった。1200bps(ビー・ピー・エス:bit per second の略。1秒あたり1ビット)から始まり、2400、9600、14,400、28,800、33,600、最後は56,000 bps。それでも、現代の家庭用光回線(1Gbps=10億 bps)の二万分の一未満である。
王国の住人は皆、「赤字の手紙」――NTT から届く電話料金請求書の振込用紙――に怯えながら、それでも夜な夜なピーガー音を鳴らし続けた。
1995年、王国の頂点 ― 震災とテレホーダイ
1995年1月17日午前5時46分、阪神・淡路大震災。
NIFTY-Serve は地震発生当日の午後1時、「地震情報」メニューを臨時に 無料 で開設した。PC-VAN も同様の措置を取った。電話回線は混雑して繋がらない地域でも、別のアクセスポイントに接続すれば情報網に入れた。1995年1月26日、ボランティアフォーラム「FSHINSAI」が立ち上がり、安否確認、救援物資要請、ライフラインの状況、海外からの問い合わせがリアルタイムに集約された。
パソコン通信はこの時、初めて「公的インフラに準じる存在」として社会的に認知された。
そして同年8月22日、NTT は テレホーダイ を開始した。深夜23時から翌朝8時までの9時間、利用者があらかじめ指定した 市内2番号 への通話が定額になる(テレホーダイ1800:月額1,800円)。当時、ある世代の生活時間は、このサービスを境に書き換えられた。23時前に布団に入り、23時00分00秒にモデムを起動する若者たちが、列島中に出現した。
——あなたが、もしその一人だったなら。あの「23時の儀式」の音を、いまも覚えているだろうか。
王国の人口はこの年から二、三年が頂点だった。
黒船来航 ― Webという新世界
頂点に達した王国の足元では、別の地殻変動が始まっていた。
1995年11月23日、Microsoft が Windows 95 日本語版を発売。同梱されていたインターネット接続機能(ダイヤルアップ、ブラウザ Internet Explorer)が、家庭にWWW(World Wide Web)を持ち込んだ。1996年4月に Yahoo! JAPAN が始動。1997年5月には楽天市場が開店し、1999年5月には2ちゃんねるが開設された。
パソコン通信は閉じた庭園だった。一つのサービスに加入すれば、その中の住人としか話せない。インターネットは違った。ハイパーリンクをひとつ踏めば、地球の裏側のサーバまで繋がる。庭園の壁の高さが、突如として欠点になった。
各社は素早く対応した。富士通は1996年12月、ISPとして InfoWeb を立ち上げ、NIFTY-Serve の会員にもインターネット接続を提供。1999年11月1日、富士通は InfoWeb と NIFTY-Serve を統合し、新ブランド「@nifty」(アット・ニフティ)を開始した。日商岩井はこの段階でニフティ運営から撤退している。
NEC は1996年から ISP「BIGLOBE」を展開し、PC-VAN を吸収していった。
王朝は名前を捨てて、別の国に亡命したのである。
王国の年代記
なぜ「もうひとつのインターネット」は消えたのか
王国の終焉は、敗北ではなかった。転居であった。
NIFTY-Serve も PC-VAN も、ブランドを抱えたまま消えたのではない。富士通は @nifty として、NEC は BIGLOBE として、いずれも ISP(インターネット接続事業者)に転身し、そのまま21世紀の事業の柱になった。フォーラムの会員は、Web 掲示板へ、ブログへ、SNS へと散っていった。シスオペが運営した「料理フォーラム」の作法は、後年のクックパッドに似ているかもしれない。「FCOMPUTER」の助け合いの空気は、Stack Overflow や Qiita に流れ着いたのかもしれない。
唯一、再現されなかったものがある。
それは、閉じた庭園そのものである。会員番号「ABC12345」で互いを呼び合い、シスオペという顔の見える管理者がいて、フォーラムごとに固有の方言と暗黙のルールがあった、あの「町内会のような電子社会」である。
オープンで広大なインターネットは、距離を消した代わりに、距離が生んでいた親密さを失った。アルゴリズムが流速を決め、誰がどこから話しているのか分からなくなった。「ピーガー音」が始まれば確実にそこに人がいた、あの感触は、もう戻ってこない。
王国の住人は、皆それを承知で出ていったのである。電話代と引き換えに守っていた小さな世界より、無料で世界中と繋がれる新大陸のほうが、それでも明らかに広かったから。
惰性ではなく、選択として、彼らは王国を離れた。
組織や制度はしばしば「誰も悪くない調整問題」で滅ぶが、パソコン通信は違った。住人と運営者と通信会社が、それぞれの判断で、それぞれの理由から、同時に同じ方向に歩き出した。だからこそ静かに、ほぼ抗議の声もなく、王国は消えた。
その静けさは、もしかすると、滅亡の中でもっとも幸福な部類に入るのかもしれない。
――この記事を読み終えたあと、もし「ABC12345」のような会員番号を覚えている方がいらっしゃれば、それはあなたの中に、まだ王国の小さなかけらが残っている証拠かもしれません。