コンプガチャ王国の興亡
情報処理王国史 外典第三十四巻
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コンプガチャ王国の興亡

錬金術師たちの五月の夢

COMP GACHA SOCIAL GAME
この記事について
本記事は実際の技術的・社会的背景に基づいたブラックコメディ仕立ての読み物です。引用・参照はすべて実在の文献・発言・報道に基づきますが、語り口はフィクション的表現を含みます。登場する企業・制度・事件はすべて実在しますが、「王国」としての表現はあくまで物語的な修辞です。
CH.01

ガラケーの大地に、王国は生まれた

西暦2000年代初頭。日本の携帯電話——世界から「ガラパゴス」と呼ばれたその端末の上に、奇妙な王国が生まれつつあった。

田中良和という名の青年は、2003年の冬、自室でコードを書いていた。楽天に在籍しながら、彼は個人の趣味として「友人とつながれるウェブサービス」を作っていた。2004年2月、それは「GREE」として世に出た。名の由来は「6次の隔たり(Six Degrees of Separation)」——人類全員が6人の知人を介してつながれるという仮説。日本初のSNSだった。

一方、1999年。元マッキンゼーのコンサルタントだった南場智子は、渋谷に小さな会社を設立していた。株式会社ディー・エヌ・エー、略してDeNA。当初はオークションサービスを手がける会社だった。

この二つの芽が、やがて巨大な王国を形成し、そして————ある5月の朝に、すべてが揺らぐことになる。

【用語解説】ガラパゴスケータイ(ガラケー)
日本独自の進化を遂げた携帯電話の総称。iモード(インターネット接続)・ワンセグ(地上デジタルTV)・おサイフケータイ(電子マネー)など高機能を誇る一方、世界標準のスマートフォンとは互換性がなかった。エクアドル沖の「ガラパゴス諸島」で独自進化する生物になぞらえた皮肉から生まれた言葉。
📖 関連外典:SNS三国志の興亡〜mixi・GREE・モバゲー、覇権を争った王国たちの記録〜(外典第三十巻)
GREE・DeNA・mixiが「招待制SNS」「ガラケーゲーム」「足あと文化」を武器に三つ巴で覇権を争ったSNS戦国時代の全貌はこちらで。本記事はコンプガチャ規制という「一点」に絞った深掘りです。

CH.02

錬金術の発見——ガチャという仕掛け

2006年2月、DeNAは「モバゲータウン」を開始した。ゲームと日記、掲示板が融合したモバイルSNS。無料で使えるかわりに、広告収入で運営する構造だった。

2007年、GREEが「釣り★スタ」をリリースした。世界初のモバイルSNS連動ゲームである。友人と競い合いながら魚を釣る、シンプルなゲーム。

しかし歴史が動いたのは、2009年10月のことだった。

DeNAが「怪盗ロワイヤル」をリリースした。カードを集め、他プレイヤーと戦い、レアカードを追い求める。その課金設計が、何かを変えた。人々はカードのために課金した。レアカードのために、さらに課金した。ゲームは「遊ぶもの」から「集めるもの」へと変質した。

これが、錬金術の発見だった。

「ガチャ」とは、タカラトミーアーツが展開するカプセルトイ(100〜200円を入れてハンドルを回すと景品が出る玩具)から来た言葉だ。デジタルの世界に持ち込まれたそれは、アイテムの獲得確率を操作することができた。「レアカードが出るかもしれない」——その不確実性が、人間の脳に刻まれた報酬回路を直撃した。

【用語解説】コンプリートガチャ(コンプガチャ)
ガチャで特定の種類のアイテムを「全種コンプリート(すべて集める)」すると、別の強力なアイテムや限定キャラクターが手に入る仕組み。たとえばA・B・C・D・Eの5種類のカードをすべて揃えると、特別なカードXが手に入る、という構造。1枚ずつでは揃わず、ランダムに引き続けるため課金がエスカレートしやすかった。日本の伝統的な懸賞の規制(景品表示法)における「カード合わせ」に相当する行為として、後に問題化する。

市場は爆発した。2009年に約371億円だった国内ソーシャルゲーム市場は、2011年に2,570億円、2012年には3,429億円に達した。GREEの2011年6月期の営業利益率は48.5%。DeNAの2012年3月期売上高は1,457億円。

ガラケーの上に、黄金の王国が建っていた。


CH.03

王国の陰——誰かが泣いている

しかし王国には、影があった。

「子どもが親のクレジットカードで、10万円以上の課金をしていた」

2011年ごろから、そのような報告が消費者センターに寄せられ始めた。子どもたちはゲームのレアカードを手に入れるため、親のクレジットカード情報を使い、次々と課金していた。コンプリートを目指して、際限なく。

課金額の上限がなく、コンプリートまでにかかる金額も不透明で、子どもには「あといくら払えば揃うか」がわからなかった。

メディアが騒ぎ始めた。「ソーシャルゲームは賭博か」「子どもを食い物にしている」。批判の火の手が上がった。

2012年3月、GREEは対応を迫られた。仮想通貨の購入総額について、15歳以下は月間5,000円まで、16歳から19歳は月間10,000円までという上限を設けた。4月1日から実施。

しかし、問題の核心はそこではなかった。

同じ2012年2月、別の事件が起きていた。グリーが提供するソーシャルゲーム「探検ドリランド」で、バグを利用してレアカードを不正に複製したユーザーが現れ、それをヤフオクで販売したのだ。「探検ドリランド・レアカード増殖事件」として大きく報道された。

王国の土台に、ひびが入り始めていた。

【用語解説】景品表示法(けいひんひょうじほう)
正式名称「不当景品類及び不当表示防止法」。消費者が商品やサービスを選ぶ際に、過大な景品や誇大広告によって判断を誤らないよう規制する法律。この法律には「カード合わせ」という禁止行為が定められており、複数の絵柄・種類を組み合わせることで景品が得られる仕組みを原則として禁じている。子どもの射幸心(ギャンブル的な興奮を求める心理)をあおる度合いが著しく強いとされる行為が規制対象となる。

CH.04

5月5日、読売の朝刊

2012年5月5日、こどもの日。

その朝、読売新聞に一本の記事が載った。内容は——「消費者庁が、コンプリートガチャを景品表示法違反として、ゲーム会社に中止を要請する方針を固めた」というものだった。

たった一行が、王国を揺るがした。

連休明けの5月7日、東京証券取引所が開いた瞬間、GREEとDeNAの株価は暴落した。売り注文が殺到し、関連会社の株も軒並み下落した。この日は「コンプガチャショック」として記録されている。

しかし、ここには、奇妙な伏線があった。

実は同年2月、消費者庁が開催した「インターネット消費者取引連絡会」において、消費者庁の担当者は「ガチャは取引に付随する景品ではないため、景品表示法の景品規制には該当しない」と説明していた。さらに同年3月には、ソーシャルゲーム各社が消費者庁に問い合わせたところ、「違法性は認められない」という回答を得ていた。

2月に「問題なし」と言われた企業が、5月に「違法」と報じられた。

日本の行政とビジネスの間に流れる、この奇妙な時間差は、日本のIT王国史に何度も繰り返されるパターンである。

「ガチャという仕組みそのものは問題ないが、コンプリートガチャは、複数の要素を組み合わせて賞品を得るという『カード合わせ』に類似しており、景品表示法に抵触する可能性が高い」
— 消費者庁、2012年5月の見解(関係者取材をもとに各メディアが報道)

CH.05

六社協議と、慌てた自主規制

コンプガチャショックから4日後の2012年5月9日。

GREE、DeNA、サイバーエージェント、ミクシィ、ドワンゴ、NHN Japanの6社は、一斉に声明を出した。「コンプリートガチャを、自社タイトルにおいて5月末までに廃止する」。

世間では「英断」と報じられた。しかし内実は——株価対策と消費者庁への先手打ちが混在した、嵐の前の撤収作戦だった。

実際、廃止の対象は「コンプリートガチャのみ」だった。通常のガチャ(単体で回すランダム報酬)は存続した。「問題の核心」と「廃止の範囲」の間には、計算された距離があった。

2012年5月18日、消費者庁は正式見解を公表した。コンプリートガチャは景品表示法(カード合わせ)に違反する——。同年7月1日以降は執行対象とすると明言した。

続いて5月25日、6社の協議会は「コンプリートガチャガイドライン」を策定・発表。6月22日には「インゲーム表示ガイドライン」「リアルマネートレード(RMT)対策ガイドライン」「コンプリートガチャ事例集」を発表した。

業界は、法律施行より先に自主規制で逃げ切った、という見方もある。消費者庁は、法的には一社も処分しなかった。

【用語解説】RMT(リアルマネートレード)
Real Money Tradeの略。ゲーム内のアイテムやキャラクターを、現実のお金で売買すること。利用規約で禁止しているゲームが多いが、オークションサイトや専用サービスを通じて行われ続けた。コンプガチャのレアアイテムがRMTで高額取引されたことが、問題の一因となった。

CH.06

王国の黄昏——それでもガチャは続く

2012年11月8日、一般社団法人「ソーシャルゲーム協会」が設立された。業界の自浄作用と健全化を掲げた組織だ。

しかしその後も、ゲーム業界の課金問題は続いた。コンプガチャという「形式」は消えたが、高確率ピックアップ、期間限定排出、天井システム——課金を促す仕組みは、形を変えながら進化した。

むしろ、コンプガチャ規制は「ガチャの洗練化」を促したとも言える。単純なカード合わせは禁止されたが、より複雑で、より巧妙な課金設計が生まれた。規制が技術革新を生んだという、皮肉な歴史である。

GREEとDeNAは、スマートフォン時代の到来とともに、ガラケー向けソーシャルゲームの覇者という地位を失った。Cygamesやガンホー(代表作:パズル&ドラゴンズ)、スクウェア・エニックス(ファイナルファンタジー系)など、後発のゲーム会社がスマホ時代の主役となった。

コンプガチャの規制は、結果として旧来のソーシャルゲーム企業に深刻なダメージを与えた。市場の構造変化と相まって、GREEは海外事業への転換を余儀なくされ、DeNAはスポーツ事業(横浜DeNAベイスターズ)へと多角化を進めた。

王国は滅びず、変容した。錬金術師たちは、別の錬金術を求めて散った。

📖 関連外典:SNS三国志の興亡〜mixi・GREE・モバゲー、覇権を争った王国たちの記録〜(外典第三十巻)
コンプガチャ規制後のGREE・DeNAの凋落、スマートフォンという「黒船」への対応の失敗、そしてmixiが「足あと」改修で自滅した顛末はこちらで詳しく扱っています。

CH.07

王国の年代記

1999年3月 南場智子、株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)設立
2003年冬 田中良和、個人サイト「GREE」の開発を開始
2004年2月 GREE公開(日本初のSNS)
2004年12月 GREE株式会社設立(田中良和が楽天を退社し法人化)
2006年2月 DeNAが「モバゲータウン」を開始
2007年 GREEが「釣り★スタ」をリリース(世界初のモバイルSNSゲーム)
2008年12月 GREE株式会社、東証マザーズ上場
2009年10月 DeNAが「怪盗ロワイヤル」をリリース、ソーシャルゲームブームの火付け役に
2010年 国内ソーシャルゲーム市場規模1,400億円
2011年 国内市場規模2,570億円に達する。GREEの営業利益率48.5%
2012年2月 「探検ドリランド」レアカード増殖事件。消費者庁は同月「ガチャに景品表示法は適用なし」と説明
2012年3月 GREEが未成年向け課金上限を設定(15歳以下5,000円/月)
2012年5月5日 読売新聞がコンプガチャ違法化方針を報道
2012年5月7日 「コンプガチャショック」——関連株が軒並み急落
2012年5月9日 GREE・DeNA等6社がコンプガチャ全廃を発表
2012年5月18日 消費者庁がコンプガチャの景品表示法違反を正式見解として発表
2012年7月1日 消費者庁による景品表示法の執行開始(法的処分は行われず)
2012年11月8日 一般社団法人ソーシャルゲーム協会設立
2013年以降 スマートフォンゲーム市場へと主戦場が移行。GREE・DeNAは相対的地位を失う

CH.08

カードは誰の手に

コンプガチャの問題を振り返るとき、「悪者」を探したくなる。しかし、王国の歴史はそれを許さない。

企業は、規制されていないグレーゾーンで収益を最大化しようとした。当然の行動だ。消費者庁は、2月に「問題なし」と言いながら、3か月後に「違法」とした。行政あるある、である。親たちは、子どもがゲームに何万円使っているかを知らなかった。忙しかったのだ。子どもたちは、カードを集めたかっただけだ。それだけだ。

プラットフォームは、課金が生む収益の一部を分配した。コンテンツは、そのお金で作られた。コンプリートをめざすユーザーは、自分の意志で課金した——と、少なくとも形式上は言える。

誰も罰せられなかった。誰も傷つかなかったことにされた。王国は整然と解体され、整然と別の形に組み直された。

日本のIT王国史において、コンプガチャの物語が教えるのは、「禁止は形を変えさせるだけで、欲望の構造は変わらない」という、ありふれた、しかし何度でも忘れられる真実である。

カードはまだ、回っている。

画面の向こうで、今日も誰かが引いている。

「次は出るかもしれない」と、思いながら。

―― 課金 完了

参考・引用資料
・ 消費者庁「オンラインゲームのコンプリートガチャと景品表示法の景品規制について」(平成24年5月18日)
・ 消費者庁「インターネット上の取引と『カード合わせ』に関するQ&A」
・ 日本経済新聞「コンプガチャ全廃へ グリー・DeNA・サイバーなど」(2012年5月9日)
・ ITmedia「『コンプガチャ騒動』とは何だったのか」小寺信良(2013年6月)
・ GAME Watch「ソーシャルゲーム協会が設立された日(2012年11月8日)」(2024年)
・ IMIDAS「なぜコンプリートガチャは自主規制したのか?」(2012年7月)
・ ASCII.jp「11年ソーシャルゲーム市場、1.8倍の2570億円に」(2012年)
・ GREE Holdings 公式サイト「沿革」
・ デンファミニコゲーマー「日本モバイルゲーム産業史 年表」(DeNA協賛企画)