一人一台王国の興亡
端末は配られた。しかし回線は細かった
本記事は実際の技術的・社会的背景に基づいたブラックコメディ仕立ての読み物です。引用・参照はすべて実在の文献・発言・報道に基づきますが、語り口はフィクション的表現を含みます。
王国、四カ年の計画を立てる
2019年12月13日。日本国政府は、ひとつの大きな決断をした。
全国の小中学生、そのひとりひとりに学習用の端末を配る。あわせて学校に高速の通信回線を引く。そのために、その年の補正予算に2,318億円を計上した。内訳は公立に2,173億円、私立に119億円、国立に26億円である。
計画の名は「GIGAスクール構想」といった。
同年12月19日、当時の文部科学大臣・萩生田光一は、国民に向けたメッセージを公開している。表題は「子供たち一人ひとりに個別最適化され、創造性を育む教育ICT環境の実現に向けて ~令和時代のスタンダードとしての1人1台端末環境~」。
計画は、2023年度までの4年をかけて、学年ごとに順を追って配っていく段取りだった。ゆっくり配り、ゆっくり慣れる。それが当初の設計思想である。
そこへ、疫病が来た。
4年の計画が、1年で終わる
2020年、新型コロナウイルスの流行により全国の学校が一斉休校となる。子どもたちが学校に来られない。ならば端末を配って家でつなぐしかない。
計画は前倒しされた。4年ぶんの整備が、1年に圧縮された。
2021年3月の文部科学省の集計では、全自治体等の97.6%にあたる1,769自治体等が、2020年度内に端末の納品を完了する見込みとされた。数百万台の端末が、1年足らずで全国の教室に届いたことになる。行政のスピードとしては、まず例を見ない。関係者の努力は本物だった。
ただし、ここで王国はひとつの事実を見落としていた。
端末は買い切りだが、回線は契約である。
端末は補助金で一気に買える。工場に発注すれば、箱に詰まって届く。だが回線はそうはいかない。学校に引かれている線が細ければ、そこに何台つないでも、細いままなのだ。
細い管に、千人が並ぶ
一人一台が実現した教室で、何が起きたか。
たとえば、朝の一時間目。ある教室が、いっせいに学習用のサイトを開く。三十数人が同時に接続する。隣のクラスも開く。上の階も開く。全校の児童が、同じ一本の回線に殺到する。
画面が、止まる。
「先生、つながりません」——この一言が、令和の教室で最も多く発せられた言葉になった。
文部科学省自身が、自治体によって端末の活用状況に大きな差がある理由を分析し、その最大の阻害要因のひとつは「ネットワークの遅延や不具合」であると認めている。
問題の根は、契約の中身にあった。
文部科学省が2024年4月に公表した資料によれば、学校の回線について、約95%の自治体がベストエフォート型(共用回線)を契約していた。速度を保証する帯域確保型を契約していた自治体は、約3%にとどまる。
そして、文部科学省が示す「当面の推奨帯域」を実測で確保できていた学校は、2割程度と報告されている。
王国は数百万台の車を買い、無償で配った。道路は、片側一車線のままだった。
誰も嘘をついていない
ここで、悪者を探したくなる。だが探しても、見つからない。
文部科学省は嘘をついていない。端末を配ると言って、配った。回線も整備すると言い、そのための予算も計上した。
自治体も嘘をついていない。予算の範囲で、調達できる回線を契約した。ベストエフォート型を選んだのは、それが一般的で、安く、当時の使用量なら足りていたからだ。一人一台になる前の学校では、パソコン教室の40台が同時につながれば十分だったのである。
通信事業者も嘘をついていない。契約書には最初から「ベストエフォート」と書いてあった。速度を保証しないという約束を、約束どおり履行しただけだ。
学校の先生も嘘をついていない。配られた端末を、授業で使おうとした。使おうとしたら止まった。それだけである。
全員が、それぞれの持ち場で正しく振る舞った。にもかかわらず、教室の画面は止まった。
これは無能の物語ではない。責任が誰の机の上にも乗らなかった、という物語である。
端末の担当者は端末を、回線の担当者は回線を、授業の担当者は授業を担当した。「端末と回線を足したときに何が起きるか」を担当する者だけが、どこにもいなかった。
5年後の請求書
そして王国には、もうひとつの時限装置が仕掛けられていた。
一斉に配ったものは、一斉に壊れる。
2020年度に前倒しで納品された数百万台は、同じ時期に製造され、同じ時期に使われはじめ、同じ時期に寿命を迎える。学習用端末の耐用年数はおおむね5年前後とされる。計算すれば、2025年から2026年にかけて、全国の教室で電池がふくらみ、画面が割れ、動作が重くなる時期が重なることになる。
政府は手を打った。2023年度の補正予算に2,661億円を計上し、都道府県に5年間の基金を造成。2025年度までに更新が必要となる端末、およそ7割ぶんの費用に充てる仕組みを整えた。補助の基準額は1台あたり5万5,000円。故障に備える予備機についても、児童生徒数の15%以内であれば補助の対象とした。
これを「GIGAスクール構想 第2期」と呼ぶ。
第2期では、回線の問題も正面から扱われた。文部科学省は2024年4月26日に「学校のネットワーク改善ガイドブック」を策定し、実際の授業のデータ量を測ったうえで、学校規模ごとの推奨帯域を示した。2024年8月29日には、文部科学大臣・総務大臣・デジタル大臣の連名で、電気通信事業の関連4団体に対し、学校が適切な通信サービスを選べるよう協力を要請している。
一巡して、ようやく道路の話が始まったのである。
王国の年代記
配ることは、始まりでしかない
この物語から取り出せる教訓は、教育の話に限らない。
そして興味深いことに、その教訓は最初から書かれていた。2019年の大臣メッセージ、あの高らかな宣言の後半に、こんな一節がある。
王国は、自分で書いた注意書きを、自分で読み飛ばしたのである。
理由は、たぶん単純だ。手段は数えられるが、目的は数えにくい。端末の配布率も、予算の執行額も、数字で報告できる。だが回線の実測速度も、先生の習熟も、授業そのものの変化も、報告書の一行にはなりにくい。数えられるものが目標の席に座り、数えにくいものが後回しになる。
これは学校だけの病ではない。会社でも同じことが起きる。パソコンを新しくした。クラウドのサービスを契約した。そこで「導入完了」と報告書が書かれ、実際に仕事が速くなったかどうかは、誰も測らない。
しかも、配り終えた瞬間に5年後の請求書が発行されている。一度に揃えることの快感は、同じ大きさの負債になって戻ってくる。
GIGAスクール構想は、失敗ではない。数百万人の子どもが、実際に端末を手にした。その事実は消えない。
ただ、配り終えた日は、ゴールではなく開始の合図だった。王国がそれを思い出すまでに、5年かかったのである。