ETC王国の興亡
止まらない夢のために、日本中がゲートの前で財布を開いた
本記事は実際の技術的・社会的背景に基づいたブラックコメディ仕立ての読み物です。引用・参照はすべて実在の文献・発言・報道に基づきますが、語り口はフィクション的表現を含みます。
料金所で、止まらない。あの快感を、覚えている人は多い。
けれど、その快感を手に入れるために、私たちは車載器を買い、店に予約を入れ、クレジットカードの審査を受け、車の情報を暗号にして書き込んでもらった。
そして四半世紀が過ぎたいま、その機械は「電波法違反になるかもしれない」と言われている。
止まらずに、通り抜ける
昭和が終わり、平成に入ってしばらく経った頃。日本の高速道路には、慢性的な渋滞の名所があった。料金所である。
車がゲートで一台ずつ止まり、窓を開け、小銭を数え、釣りを受け取る。その数秒が、後ろに長い列を生む。この「止まる」をなくせないか——そう考えた役所と道路会社が、動き出した。
1994年9月、旧建設省と道路四公団によって「ノンストップ自動料金徴収システム共同研究推進委員会」が設置される。目指したのは、車を止めずに料金を取る仕組みだった。
その仕組みを、のちに人はこう呼ぶ。ETCである。
1997年3月、小田原厚木道路の小田原本線料金所で、業務用車両を対象とした試験が始まった。その後、試験に試験を重ね、2001年3月30日、千葉と沖縄の地区でついに一般の利用が始まる。同年7月には三大都市圏の一部、そして11月30日、全国の高速道路で一般利用が開始された。
車載器と料金所のあいだで、目に見えない電波が一瞬だけ交わされる。その電波の正体は、こういうものだった。
夢は、確かに動きはじめた。バーが上がり、車は止まらずに通り抜けていく。あとは、この便利を全国民に配るだけだった。
配るだけ、のはずだった。
通り抜けるために、店に並ぶ
ここで王国は、ひとつの選択をしていた。「止まらない」を実現するために、車の一台一台に専用の機械を積ませることにしたのである。
三つの関門
まず、利用者は車載器を買う。次に、その車載器に自分の車の情報を書き込んでもらう。この作業を「セットアップ」という。
このセットアップは、どこでもできるわけではない。ORSE——のちの一般財団法人ITSサービス高度化機構(ITS-TEA)——に登録された店でしか行えなかった。オンラインでつなげば当日から使えるが、郵便やファクスでやりとりする方式だと、完了までおよそ1週間かかる。
そのうえで、利用者はクレジットカード会社にETCカードの発行を申し込む。審査を通り、カードが届いて、ようやく車載器に挿せる。
止まらないための、行列
整理すると、こうだ。車載器を買い、店で暗号を書き込んでもらい、カードの審査を受ける。この三つがそろって、はじめて「止まらずに通れる」。
当然、普及は滞った。手続きが煩雑で、金もかかる。あまりに機械とお金への依存が大きく、ETCは後年、「世界で最も高価かつ複雑な料金徴収システム」と評されることさえあった。
止まらないための仕組みが、入り口で人を止めていた。
割引という名の撒き餌
普及しないなら、餌をまく。王国はそう考えた。
2004年11月に深夜割引、2005年1月に通勤割引。ETCで通ったときだけ料金が安くなる仕組みを、次々と用意した。同じ2005年4月には、走った分だけポイントがたまるETCマイレージサービスも始まる。現金では割引を受けられない。安くしたければ、車載器を積むしかない。飴は、よく効いた。
そして2009年3月、飴は極まる。リーマンショックを受けた経済対策として、地方の高速道路が土日祝日は「どこまで走っても上限1,000円」になった。俗にいう「休日上限1,000円」である。
効果は、劇的だった。人々はこぞって高速に乗り、そして——各地の高速道路は、割引を受けようとする車で猛烈に渋滞した。安くなった高速に客を奪われ、経営が傾くフェリー航路も現れた。安くするための割引が、別の場所で新しい渋滞と赤字を生んだのである。
この上限1,000円は2年間の期間限定だったが、2011年3月11日の東日本大震災の影響もあり、同年6月末をもって停止された。
飴と助成金で、車載器は飛ぶように売れた。一時は生産が追いつかず、仕入れ値がメーカー希望小売価格を上回るほどに高騰したという。
誰が、機械の代金を払うのか
ここで、外の国に目を向けてみる。
シンガポールでは、1998年から世界初の路車間通信(車と道路側の設備が電波でやりとりする仕組み)による課金システムが動いていた。日本のETCは、その技術を受け継いだものだといわれる。中国では全国の高速道路で普及が完了し、車載器は国から無償で配られ、利用者が自分でセットアップできる。アメリカのある州では、必要な小さなタグが無料で郵送されてくる。
日本はどうだったか。一般の市民までもが、高額な機械を自分の財布で買った。
なぜこうなったのか。ある論評は、旧建設省・旧運輸省・警察庁という複数の役所の思惑がぶつかり合った結果だと指摘する。もっと安い仕組みにすることもできたはずだ、と。機械を作って売る側の既得権益ではないか、と見る向きさえあった。
真相がどこにあるにせよ、はっきりしていることがひとつある。誰も、市民に負担を押しつけようと悪意で決めたわけではない。それぞれの役所が、それぞれの正しさを主張し、それを足し合わせた地点に、「高くて複雑な料金機械を、国民が自腹で買う国」が出来上がった。
悪人はいない。ただ、調整だけが残った。
動く機械を、捨てさせる
そして王国には、時限装置が仕込まれていた。二つある。
ひとつめ:期限が「当分の間」に化ける
ETCの電波には、ほかの電子機器と同じく「スプリアス」への規制がかかっている。
2005年に無線設備の規則が改正され、古い規格でつくられた車載器の使用期限は「2022年11月30日まで」と定められた。つまり、まだ動く機械が、ある日を境に「使うと違法」になるはずだった。
もっとも、この期限は動いた。新型コロナウイルスの流行で、新しい規格への移行作業が遅れたためである。
期限は消えたのではない。「当分の間」という、いつ終わるとも知れない言葉に置き換わっただけだ。
ふたつめ:2030年の買い替え
2017年10月、国土交通省はETCの暗号化方式を変更すると発表した。安全のため、古い暗号を新しくする。理屈は正しい。だがその結果、初期のETC2.0車載器(従来のETCに渋滞情報の受信などを加えた新世代の規格。2014年に「ETC2.0」と名付けられた)を含む多数の機械が、2030年頃までに使えなくなる。使い続けたければ、利用者は車載器を買い替えなければならない。ソフトの更新で対応する道は、案内されていない。
まだ動く機械を、規格のために捨てさせる。それも、一度ではない。普及させたときと同じ数だけ、買い替えの請求書が全国に配られていく。
王国の年代記
便利の下には、誰かの財布がある
ETCは、失敗ではない。むしろ大成功である。全国のETC利用率は95%を超え、料金所の渋滞は劇的に減った。止まらない、という夢は、確かに実現した。その事実は消えない。
ただ、この物語には、教育でも会社でも通じる教訓が埋まっている。
便利な仕組みには、たいてい「下部構造」がある。ETCなら、車載器であり、カードであり、登録店であり、暗号の規格である。表側の便利さは一瞬で味わえるが、その下では、機械と契約と規格が静かに動き続けている。そして下部構造は、時が来れば必ず更新を求める。スプリアスも、暗号方式も、それ自体は正しい判断だ。正しい判断が積み重なるほど、末端の財布は開かされる。
そして、この物語には最後まで悪人が出てこない。ただ、「便利を配ったあと、それを誰が維持し、いつ買い替えさせるのか」——その全体を受け持つ者だけが、どの机の上にもいなかった。
新しい仕組みを入れる日は、ゴールではない。維持と更新という、終わりのない当番表の一日目である。王国がそれを実感するのは、たいてい、二度目の請求書が届いたときだ。