HD DVD王国の興亡
情報処理王国史 外典 第七十六巻
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HD DVD王国の興亡

2008年2月19日、東芝がハリウッドに敗れた日

HD DVD BLU-RAY DISC
この記事について
本記事は、日本の家電メーカーが世界規模で戦い、そして敗れた「次世代DVD規格戦争」の史実に基づく随想である。年月日・企業名・数値はすべて実在の報道・公表資料に基づくが、語り口はブラックコメディ仕立てで、脚色を含む。特定の企業・個人を貶める意図はなく、「技術で勝った側が、事業で負ける」という調整問題の構造を眺めることに焦点を置く。

2002年5月20日、東京。世界の家電トップ9社が、1社だけを外に置いて同盟を結んだ。

2006年11月、日本。ゲーム機に標準搭載された円盤ドライブが、映像プレイヤー市場を代理制圧しはじめた。

2008年1月4日、米国CES前夜。ワーナー・ブラザースの一声が、6年の戦争を46日で終わらせた。

CH.01

2002年5月20日、9社が同盟を結んだ日

あらすじ:世界の家電トップ9社が「Blu-ray Disc Founders」を設立した日、大企業の東芝はその外にいた。DVDフォーラム議長会社の判断は、独自路線を選ぶことだった。

1.1 選ばれなかった1社

2002年5月20日。ソニー、パナソニック(当時は松下電器産業)、フィリップス、パイオニア、日立製作所、シャープ、サムスン電子、LG電子、トムソン——世界の家電トップ9社が、東京で「Blu-ray Disc Founders(ブルーレイディスク・ファウンダーズ、以下BDF)」の設立を発表した。参加していない大企業が1社あった。東芝である。DVDフォーラム(DVD規格を仕切る国際団体)の議長会社を務めていた東芝は、この日、9社連合の外にいた。

【用語解説】光ディスク
CD(コンパクトディスク)、DVD、Blu-rayなど、レーザー光を使ってデータを読み書きする円盤状の記録媒体(きろくばいたい・データを保存するもの)の総称。DVDまでは赤色レーザーを使っていたが、次世代のBlu-rayとHD DVDは波長の短い青色レーザーを使うことで、より高密度で大容量のデータ記録を可能にした。「Blu-ray(ブルーレイ)」の名前は、この青色レーザーに由来する。

1.2 同盟の外にいた者の選択

BDFが提案した「Blu-ray Disc(BD)」は、1枚あたり25ギガバイト(GB)、2層で50GB。片やDVDの容量は4.7GB。ざっと10倍の容量である。ハイビジョン映像(当時はまだアナログ放送が主流だった)を1枚に収める、次世代の光ディスク規格として提案された。

家電業界の同盟は、たいてい、外にいた1社の未来を決めてしまう。この日、東芝の選択肢は2つだった。BDFに加わって末席に座るか、独自路線で戦うか。彼らは後者を選ぶ。


CH.02

東芝が独自路線を選んだ理由

あらすじ:NECと共同で対抗規格「HD DVD」を発表。両陣営はどちらも技術的に筋の通った主張を持ち、ただし「未来のどの時点で判断するか」が食い違っていた。

2.1 HD DVDの誕生

2002年6月、東芝は正式にBlu-ray Discとの決別を表明する。同年8月、東芝はNECと共同で新たな次世代DVD規格の提案を発表した。これが後の「HD DVD」となる。

【用語解説】HD DVD
東芝とNECが中心となって開発した次世代DVD規格。正式名称は「High Definition DVD」。ディスク容量は1層15GB、2層30GB(後に3層51GBの規格も策定)。既存のDVD製造ラインをそのまま流用できることが最大の強みで、コスト面でBlu-rayより優位だとされた。

2.2 両陣営の論理

東芝の言い分は、いま振り返っても筋が通っている。「既存のDVD工場をほぼそのまま使える」「ディスク製造コストが安く上がる」「消費者にとっては、DVDプレイヤーとの互換性を残せる方が親切だ」。

BDFの側にも言い分があった。「容量25GBは10年後を見据えれば必ず必要になる」「新しい記録層構造こそが将来のUHD(超高精細)映像の受け皿になる」「短期の製造コストで妥協すれば、規格の寿命が短くなる」。

2003年、HD DVD陣営に三洋電機、Microsoft(マイクロソフト)、Intel(インテル)が加わる。陣営の完成である。世界の光ディスク市場は、日本メーカーの手で2つに割られた。


CH.03

統一交渉決裂の夏(2005年)

あらすじ:水面下で進んだ規格統一交渉は、記録層の厚さ0.5ミリメートルの差を埋められず打ち切りに。VHS対ベータの再演が始まった。

3.1 水面下の交渉

2005年前半、実は水面下で規格統一の交渉が行われていた。ソニーと東芝の技術者たちは、ロサンゼルスとサンフランシスコと東京を往復しながら、記録層の厚さやディスク構造の妥協点を探っていた。

【用語解説】記録層
光ディスクの中でデータを実際に記録する薄い層のこと。Blu-rayはディスク表面から0.1ミリメートルの深さに記録層を置き、HD DVDは従来のDVDと同じ0.6ミリメートルの深さに置く。この0.5ミリメートルの差が、量産のしやすさと画質・容量の両方に影響し、結局この差が埋められなかった。

3.2 打ち切り

共通仕様の可能性を探ったが、それぞれのビジネス戦略の違いから、両者の統一は困難となった。
― 次世代DVD規格統一交渉打ち切りを伝える2005年8月の各社報道より要約

同年夏、統一交渉は打ち切りになる。両陣営はそれぞれの規格で、消費者に選択を迫る道を選んだ。VHS対ベータマックスの再演が始まる、と当時の家電業界誌は書いた。


CH.04

ゲーム機戦争が規格戦争を代理した

あらすじ:2006年末、PS3にBlu-rayが標準搭載され、Xbox 360のHD DVDドライブは2万円で別売。映像プレイヤー市場の勝敗は、ゲーム機の商品企画部で決まっていた。

4.1 PS3の標準搭載

2006年、次世代DVD戦争は思わぬ舞台に飛び火する。ゲーム機である。2006年11月11日、ソニー・コンピュータエンタテインメント(当時、以下SCE)は「PlayStation 3(以下PS3)」を日本で発売した。ハードディスク20GBモデルが49,980円、60GBモデルが59,800円。SCEはこのマシンに、Blu-rayドライブを標準搭載した。ゲーム機を買った人は、その時点でBlu-rayプレイヤーの所有者になる仕組みだった。

4.2 Xbox 360の別売り選択

同年11月22日、マイクロソフトはXbox 360用の外付けHD DVDドライブ「Xbox 360 HD DVD Player」を日本で発売する。価格は20,790円。本体とは別売りである。

つまり、Blu-ray陣営はゲーマーの財布に「気づかせずに」プレイヤーを配布し、HD DVD陣営は「別途もう2万円払ってください」と提示する構造になっていた。

DVD戦争の勝敗を決めたのは、映像技術者ではなくゲーム会社の商品企画部だった、というのが後世の見立てである。


CH.05

パラマウントが単独支持したとき

あらすじ:2007年8月、パラマウントがHD DVD単独支持を発表。ただし契約書には「ワーナーが選んだ側に追従できる権利」の1文が忍ばせてあった。

5.1 1億5,000万ドルの単独支持

2007年8月20日、ハリウッドから衝撃的なニュースが届く。パラマウント・ピクチャーズが、今後発売するハイビジョン映像作品をHD DVD単独でリリースすると発表したのである。契約金は1億5,000万ドルとも報じられた。

【用語解説】ハリウッド・ビッグ7
映画配給会社のうち、シェアの上位を占める7社。ワーナー・ブラザース、パラマウント、ユニバーサル、20世紀フォックス、ソニー・ピクチャーズ、ディズニー、ドリームワークスなど。次世代DVD戦争の頃、この7社の陣営選択が、消費者が買う機械を実質的に決めていた。

5.2 契約書の1文

同時期、パラマウントの契約書には、後にHD DVD陣営を悩ませる1文が入っていた——「ワーナー・ブラザースが選択したフォーマットに、パラマウントも追従できる権利を保有する」。この条項の存在を、当時のHD DVD陣営はどこまで真剣に受け止めていただろうか。

一時的にHD DVD陣営は勢いを取り戻した。7大スタジオのうち、パラマウント・ユニバーサル・ドリームワークスがHD DVD、ソニー・ディズニー・20世紀フォックスがBlu-ray、そしてワーナーは両陣営に対応する「スイス的中立」の立場をとっていた。天秤の中央にワーナーがいた。

読者への問い:あなたの会社の主要取引先が、突然「もう一方の陣営に乗り換える」と言い出したら、契約書の何ページを最初に開くだろうか。撤退条件か、違約金条項か、それとも追従条項か。

CH.06

2008年1月4日、ワーナーの寝返り

あらすじ:CES前夜、ワーナーがBlu-ray単独支持を発表。翌日HD DVD推進グループは記者会見をキャンセル。46日後、東芝は撤退を発表した。

6.1 CES前夜の発表

2008年1月4日。米国ラスベガスで開催されるCES(国際家電見本市)の前日。ワーナーが記者会見を開き、「2008年6月以降、Blu-ray Discのみでハイビジョン作品をリリースする」と発表した。理由は「消費者の混乱を解消するため」。

6.2 東芝の驚き

われわれの間の契約に基づいて、様々な取り決めがあったにもかかわらず、この発表がなされたことに驚いている。
― 東芝の公式声明として2008年1月4日にComputerworldほか各紙で報じられたものより要約

翌1月5日、HD DVD推進グループはCESでの記者会見・展示イベントを緊急キャンセルする。予定されていたウィン・ホテルでの1月6日夜のプレスカンファレンスは、扉すら開かなかった。そして、パラマウントは、契約書の中の「追従できる権利」の条項を静かに行使する。1月末までにHD DVDから撤退を表明した。

6.3 終戦

2008年2月19日、東芝はHD DVD事業の撤退を発表する。「3月末をもって事業を終息する」。西田厚聰社長(当時)は記者会見で、「時代の潮流を判断した」とだけ述べた。次世代DVD戦争は、6年でBlu-ray陣営の勝利に終わった。


CH.07

王国の年代記

2002年5月20日
ソニー・松下ら9社がBlu-ray Disc Founders(BDF)を設立
2002年6月
東芝がBlu-rayとの決別を正式表明
2002年8月
東芝・NECが共同で新規格を発表、後の「HD DVD」となる
2003年
HD DVD陣営に三洋電機・Microsoft・Intelが加わる
2005年前半
規格統一交渉が水面下で進行
2005年夏
統一交渉打ち切り。両陣営で消費者に選択を迫る道へ
2006年11月11日
PS3日本発売、Blu-rayドライブ標準搭載
2006年11月22日
Xbox 360 HD DVD Player日本発売、20,790円で別売
2007年8月20日
パラマウント・ピクチャーズがHD DVD単独支持を発表
2008年1月4日
ワーナー・ブラザースがBlu-ray単独支持を発表(CES前夜)
2008年1月5日
HD DVD推進グループがCES記者会見をキャンセル
2008年1月末
パラマウントが契約条項を行使し、HD DVDから撤退
2008年2月19日
東芝がHD DVD事業からの撤退を発表、3月末終息
2008年6月
ワーナー、HD DVDサポート完全終了

CH.08

勝者は誰でもなかった

あらすじ:Blu-ray陣営も長くは勝利を味わえなかった。ストリーミング配信の台頭、東芝の経営危機。21世紀の規格の勝者は「勝ちすぎない側」だった。

8.1 ストリーミングの台頭

HD DVD戦争に勝った、と当時報じられたBlu-ray Disc陣営も、勝利の甘い果実を長くは味わえなかった。2010年前後から、市場は物理メディア(DVDやBlu-rayのような手に取れる媒体)ではなく、ネット配信(Netflix、Amazon Prime Video、Huluなど)に急速に移行する。

【用語解説】ストリーミング配信
インターネット経由で、映像や音楽を「ダウンロードしてから見る」のではなく「受信しながら見る」方式。物理ディスクの製造・流通・小売店の棚が要らないため、コストが劇的に下がった。Netflix、Amazon Prime Video、Hulu、Disney+などが代表例。2010年代を通じて、映画・映像市場の主戦場は物理メディアからストリーミングに移った。

8.2 Blu-rayの後日談

Blu-ray Discの世界年間出荷枚数は2010年代半ばにピークを迎え、以降は緩やかな減少を続けている。DVDと違い、Blu-rayは「時代を作った規格」ではなく、「時代の谷間に生まれた規格」だった、というのが後世の家電業界誌の評価である。

8.3 東芝の後日談

一方の東芝は、HD DVD撤退の6年後、2014年に不正会計問題を発端とした経営危機に見舞われる。原子力事業と半導体事業を軸に立て直しを図る中で、家電・パソコン事業の多くを手放していく。次世代DVD戦争の敗北自体が経営危機の直接原因ではなかったが、「勝てるはずだった戦い」に総額数百億円規模のリソースを注ぎ込んだ後で他事業に転換する体力を、その後の東芝は失っていた。

8.4 王国の教訓

「規格の勝者、必ずしも事業の勝者にあらず」——2008年2月の日経クロステックの見出しは、その後の家電業界を予言していた。Bluetooth・Wi-Fi・HDMI・USB Type-C——21世紀の勝ち残った規格の共通点は、「特定の1社が勝った」のではなく、「全社が採用した」形になったことである。次世代DVD戦争が教えた本当の教訓は、「勝ちすぎない規格が長生きする」だったのかもしれない。

技術で勝つとは何か。事業で勝つとは何か。次世代DVD戦争の6年は、その2つが必ずしも一致しないことを、日本の家電業界に静かに突きつけた。

円盤は、いまも家電量販店の棚の隅に残っている。Blu-rayのケースが並ぶ棚は、10年前より確実に狭くなった。
円盤の代わりに、映画館のポップコーンの匂いを届けるのは、リビングの壁に埋め込まれた4K液晶パネルと、そこに映る「Netflix」のロゴだ。
2位ですらなくなった円盤に、静かに敬意を。
―― 再生 終了
参考・引用資料
・日経クロステック「戦いの軌跡 東芝のHD DVD撤退から学ぶもの」(2008年2月21日)/「規格の勝者必ずしも事業の勝者にあらず」(2008年2月19日)/「500本の記事で振り返る次世代DVDの6年戦争 2002年:発端」(2008年2月20日)
・GIGAZINE「東芝、HD DVDを3月末に事業終息へ」(2008年2月19日)
・AV Watch「HD DVD終了から10年。変わりゆく映像市場と変わらなかったもの」
・ITmedia LifeStyle「次世代DVD戦争を振り返る」/「HD DVD、3つの敗因:麻倉怜士のデジタル閻魔帳」
・Computerworld “CES: Warner’s Blu-ray Disc move has industry buzzing”(2008年1月)
・Wikipedia「高解像度光ディスク規格戦争」/「Blu-ray Disc アソシエーション」/「HD DVD」/「第3世代光ディスク」(各項目を横断参照)