サグラダファミリア王国の興亡
「3度目の正直」が、4度目を呼んだ二十年
本稿は、1999年8月の三行統合発表から2024年の業務改善命令解除までの、株式会社みずほ銀行とその親会社みずほフィナンシャルグループにおけるシステム統合と度重なる障害の歴史を、実在する記録に基づいてまとめた歴史コラムです。事実関係は公開資料・一次文献・新聞報道・第三者委員会の調査報告書に依拠していますが、章立て・語り口は外典シリーズの体裁としてやや劇的な編集を含みます。関係者・組織への敬意を持って書いています。
なお、タイトルの「サグラダファミリア王国」はみずほの新勘定系プロジェクトに付された業界俗称「IT業界のサグラダファミリア」(永遠に完成しない聖堂の比喩)に由来する湾曲表現であり、対象は実在のみずほ銀行のシステム統合史です。
1999年8月、帝国ホテル「富士の間」
1.1 会見場の名は、皮肉なほど美しかった
1999年8月20日、東京・日比谷の帝国ホテル。会見場の名は奇しくも「富士の間」だった。
ステージに並んだのは、当時の日本の銀行業界の頂点に立つ三人である。第一勧業銀行頭取・杉田力之。富士銀行頭取・山本恵朗。日本興業銀行頭取・西村正雄。
三人が読み上げた合意文書はこう始まる。「我々三行は、経営統合を行い、世界最大級の総合金融グループを形成する」――この瞬間、世界で最初の「総資産世界一の銀行」が誕生することが決まった。新グループの名は 「みずほ」(瑞穂、稲穂が豊かに実る日本国の古名)。
1.2 3か月の合意の裏で、3つの身体が残った
統合発表からわずか3か月で合意した三行には、ひとつの大問題があった。
総資産では世界最大になる。だがその「身体」――勘定系システムは、三つに分かれていた。
三つの勘定系、三つのベンダー、三つの文化
2.1 ベンダー御三家、それぞれの城
旧三行の勘定系を整理すると、こうなる。第一勧業銀行「STEPS」(ステップス)――富士通製。富士銀行「TOP」(トップ)――日本IBM製。日本興業銀行「C-base」(シーベース)――日立製作所製。
つまり日本のメインフレーム(汎用大型コンピュータ)御三家がそれぞれ別の銀行を「自分のお客様」として抱え込み、長年にわたって作り込んだ勘定系が、ひとつの銀行になった瞬間に同じ屋根の下に並ぶことになったのである。
2.2 4か月の検討、決着しなかった対立
合併合意のあと、三行は4か月にわたってシステム検討を続けた。だが、富士通機を推す第一勧業銀行と、IBM機を推す富士銀行は真っ向から対立し、結論は出なかった。
最終的に、リテール(個人・中小企業)部門は第一勧業銀行の「STEPS」を採用し、ホールセール(大企業・金融法人)部門は興銀の「C-base」を採用、富士銀行の「TOP」は廃棄する――という、いわば「二勝一敗」の決着になった。
2.3 負けた側のエンジニアは、組織のなかに残った
しかし、廃棄されることになった富士銀行のシステム部隊は、組織のなかにそのまま残る。負けた側のエンジニアと勝った側のエンジニアが、同じ会議室で「ひとつのみずほ」を作ることになった。
2002年4月1日、初日の崩壊
3.1 月曜日の朝、ATMが沈黙した
2002年4月1日、月曜日。新しいみずほ銀行(個人・中小企業向け)と、みずほコーポレート銀行(大企業・金融法人向け)の営業初日が始まった。
その日の朝、約3,000台のATM(Automated Teller Machineの略。現金の預け払い・振込などを自動化する機械)がいっせいに動かなくなった。
原因は、旧第一勧業銀行の対外接続系システム(富士通製メインフレーム)の修正ミスだった。営業初日に合わせた切り替え作業に、人為的ミスが混入したのである。
3.2 本震は数日後にやってくる
これは前奏にすぎなかった。本震は数日後にやってくる。
口座振替(電気・ガス・通信などの自動引き落とし)の遅延が膨張を続けた。4月1日時点で約105,000件だった遅延は、4月5日には約250万件まで膨らみ、最終的に約3万件の二重引き落としが発生した。原因は、口座振替処理のために新しく組まれたプログラム(日立製作所製メインフレーム上で稼働)の開発失敗である。
復旧現場では、信じがたい光景が広がっていた。本番の稼働中システムを、止めずに直接修正する――銀行のシステム運用ではほぼ禁忌とされる「本番直接修正」が、復旧を急ぐあまりに行われていた。
3.3 組織のどこにも、全体を見る人はいなかった
そして調査が進むにつれ、もうひとつの事実が浮かび上がってきた。
三行を束ねるシステム統括の責任者は、形のうえではみずほホールディングスの担当役員だったが、個々の開発がどう進んでいるかを把握できる人間が、組織のどこにもいなかった。三行はそれぞれの担当範囲だけを開発し、誰も全体を見渡していなかった。
2011年3月、義援金が引き金になった夜
4.1 震災3日後、振り込みが押し寄せた
時計の針を9年進める。2011年3月11日、東日本大震災。
3日後の3月14日、あるテレビ局が震災の義援金を視聴者に呼びかけた。受け取りに指定されたのは、みずほ銀行に開設された口座だった。
その夜、義援金の振り込みが押し寄せた。問題は、その口座が「個人・通帳口」として設定されていたことだった。本来こうした不特定多数の振り込みを受け付ける口座は「個人・リーフ口」という、件数上限の大きい設定にしておく必要があった。
通帳口の取引件数上限を超えた瞬間、システムはエラーを返し始める。エラーは別の処理に波及し、未処理のジョブが連鎖的に滞留した。
4.2 3連休、ATMとネットバンキングが止まった
みずほ銀行は3月19日から21日までの3連休、ATMとネットバンキングを全面停止して復旧作業に当たった。
ピーク時、未処理になった振り込み件数は 約116万件・約8,300億円 に膨れ上がっていた。
4.3 9年前の指摘が、そのまま現場に残っていた
2011年5月20日、システム障害特別調査委員会は調査報告書を提出した。報告書には、30以上の不手際 が列挙されていた。「経営陣の決断の遅れ」「現場のミス」「リスクシナリオの不在」「過去の教訓の継承不足」――2002年に指摘された問題が、9年後の現場にそのまま残っていた。
口座振替が完全に正常化したのは、トラブル発生から 10日後の3月24日 だった。
MINORIの構想 ――「サグラダファミリア」
5.1 ばんそうこうではなく、つくり直す
2011年の障害を経て、みずほは決断した。「ばんそうこうを貼り続ける」のではなく、勘定系そのものを作り直す。
新しい勘定系の名は 「MINORI」(みずほの「みずほ=瑞穂」と、コードネーム的に置かれた「実り」をかけた愛称)。
開発開始は2011年。完成目標は当初2016年。だが、当時の業界関係者は、誰もこの目標を信じていなかった。
5.2 業界俗称「サグラダファミリア」の誕生
サグラダファミリアとは、スペイン・バルセロナの教会で、1882年の着工から140年以上経っても建設中の世界遺産である。「永遠に完成しない大規模建造物」の代名詞として、IT業界では既に定型句になっていた。
5.3 数字で見るMINORIの規模
MINORIの規模は、控えめに言っても歴史的なものだった。開発期間は2011年から2019年までの約8年。投資総額は4,000億円超。開発工数は35万人月(1人が1か月かけられる作業量を1人月とする業界単位)。参加ベンダーは富士通・日立製作所・日本IBM・NTTデータを筆頭に 約1,000社。
これは日本のIT史上、最大規模のプロジェクトと呼ばれている。
5.4 メガバンク初のSOA、「3度目の正直」と呼ばれた歩み
MINORIは技術的にも野心的だった。メガバンク(三大都市銀行)として初めて、勘定系に SOA(Service Oriented Architecture、サービス指向アーキテクチャ。機能を細かい部品に分けて再利用しやすくする設計思想)を全面採用した。三行の文化を内包したまま、機能ごとに切り出して並走させる――その思想は、まさに「みずほ的」だった。
2019年7月16日、MINORIはついに全面稼働を始めた。みずほは新システムの稼働開始を発表した。日経コンピュータは、この一連の歩みを後年「3度目の正直」と呼んだ(同社の数え方では、1度目=1999年合併発表、2度目=2002年統合、3度目=MINORI完成)。
しかし王国の物語は、ここで終わらなかった。
2021年、新システムでも崩壊は続いた
6.1 月末の日曜、e-口座一括切替の罠
2021年2月28日、日曜日。
全面稼働からわずか1年半経ったMINORIの上で、新たな悲劇が始まった。
その日に予定されていたのは「e-口座一括切替処理」――通帳のある口座をデジタル化された通帳なし口座に一括変換する作業だった。月末の日曜日を選んだのは、平日の業務を止めないためである。
午前9時50分、関連するファイルの使用率が100%を超過した。定期預金システムにアクセスする更新処理が、すべて止まった。
6.2 ATM4,300台、取り込み5,200件
その日、ATM約4,300台が停止した。さらに深刻だったのは、ATM内部にキャッシュカードや預金通帳を入れたまま処理が中断したことである。約5,200件のカードと通帳が、ATMの中に取り込まれて返却されなかった。
ATMの前で立ちすくむ顧客の写真が、ニュースを駆け巡った。
6.3 1年で11回――新システムの上で
その後の1年で、みずほ銀行は 計11回 のシステム障害を起こした(うち金融庁が業務改善命令の対象とした2021年2月〜9月分は計8回)。預金が下ろせない、給与振込が遅れる、外為送金が止まる――。原因はそれぞれ別だった。だが、どれもが「最新型のMINORI」の上で起きていた。
6.4 第三者委員会、そして金融庁の言葉
2021年6月15日、システム障害特別調査委員会の第三者報告書が公表された。報告書は、システムそのものではなく 「運用の人為的側面」 に原因があったと結論した。さらに、根本的な原因として4つを挙げた――危機事象に対応する組織力の弱さ、ITシステム統制力の弱さ、顧客目線の弱さ、それらが容易に改善されない体質・企業風土。
2021年11月26日、金融庁と財務省は、みずほフィナンシャルグループとみずほ銀行に対して 業務改善命令 を発出した。金融庁の文書には、こうあった。
社長の坂井辰史と、みずほ銀行頭取の藤原弘治は、2022年4月1日付で辞任した。
王国の年代記
二十年戦争が遺したもの
8.1 誰か一人の悪役はいない
このシリーズ「情報処理王国史 外典」の特徴は、誰か一人の悪役を吊し上げないことにある。みずほの物語も、そうである。
ここまでに登場した人物――杉田力之、山本恵朗、西村正雄、坂井辰史、藤原弘治――いずれも、当時の日本の銀行業界のなかでは最高の経歴を持つ専門家たちだった。エンジニア側も同様で、富士通・日立・日本IBMから派遣されたメンバーは、各社の精鋭が投入されていた。
ではなぜ、これほどの人材を投入しながら、二十年以上にわたって「同じ種類の障害」が繰り返されたのか。
8.2 報告書を一行に圧縮すれば
第三者委員会の報告書を一行に圧縮すれば、こうなる。
「全体を見ている人がいなかった」
2002年の障害は、三行の壁の前で「全体を見る人」が現れなかった。2011年の障害は、義援金口座という特殊なケースに「全体的なリスクの目」が向かなかった。2021年の障害は、e-口座切替という一日の運用作業に「全体の容量を見る人」がいなかった。
8.3 みずほだけの病気ではない
これは、みずほだけの病気だろうか。
おそらく違う。三つの組織を統合して、それぞれが二十年以上積み上げてきた仕組みを「一つに見せる」という仕事は、世界中のどの大企業にとっても難題である。三菱UFJ・三井住友も同様の統合をくぐったが、その過程ではみずほよりも明確な主従関係を作り、片方のシステムに寄せきった。だが、みずほは三行の対等合併というブランドのために、その選択肢を最後まで採らなかった。
「対等合併」は、政治的にはきれいな言葉である。実装段階では、地獄の入り口である。
8.4 技術は文化を超えない
そしてもう一つ。MINORI全面稼働後の2021年に同じ種類の障害が起きたという事実は、最新のSOAも、4,000億円の投資も、人為のミスを完全には消せないことを示している。組織が抱える「物事を言い合わない文化」「責任の所在が曖昧な文化」――金融庁の言葉を借りれば「言うべきことを言わない、言われたことだけしかしない」――は、システムをいくら新しくしても、運用の側に染み出してくる。
技術は文化を超えない。これがみずほの二十年が、日本のIT史に刻んだ最大の教訓である。
8.5 あなたの組織の「全体を見る人」は、誰ですか
そして最後に、ひとつだけ問いを残したい。
この記事を閉じる前に、あなたの会社・部署・チームを思い浮かべてほしい。あなたの組織で「全体を見ている人」は、誰だろうか。その人は、本当に全体を見られる権限と時間を持っているだろうか。「言うべきことを言う」雰囲気は、その人の周りにあるだろうか。
サグラダファミリアは、バルセロナのものだけではない。