マイナンバー王国の興亡
12桁の番号が国民に届くまでの十年戦争
本記事は実際の制度史・報道・公式発表に基づいたブラックコメディ仕立ての読み物です。引用・参照はすべて実在の文献・発言・報道に基づきますが、語り口はフィクション的表現を含みます。
王国の起源 ― 失われた5,000万件の記録
物語は、ひとつの「失踪事件」から始まる。
2007年、社会保険庁の管理する年金記録のうち、約5,000万件もの記録が、誰のものか分からなくなっていることが発覚した。
年金番号、住民票、戸籍、税の番号——日本の行政は、分野ごとに別々の番号で個人を管理してきた。番号と番号がうまく繋がらず、データは静かに迷子になっていた。
この失踪事件が、新たな王国の構想を生み出す。
「ひとり一番号、ひとつの番号で全部つながる」——そんな夢が、官邸の会議室で語られはじめた。
2013年5月、行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律——通称マイナンバー法——が国会で可決された。日本に住むすべての人に、12桁の番号がふられることが正式に決まった。
王国は、こうして産声をあげた。誰もが歓迎したわけではなかったが、誰もが必要性は認めていた。少なくとも、表向きは。
通知カードの旅路 ― 2015年、配達員たちの長い秋
2015年10月。総務省は、全国のすべての世帯に、12桁の番号を記した「通知カード」を簡易書留で発送することを決めた。
簡易書留である。受取人の手渡しが必要だった。日本の世帯数、約5,400万。配達員は番号をカバンに詰め、秋の日本列島を歩き回った。
しかし、世帯主は仕事で家にいなかった。再配達、再々配達、保管期限切れ、市町村への返戻——それは、配達員たちの長い秋となった。
2016年1月、マイナンバーカード(顔写真入りのプラスチック製カード)の交付が、市町村役場の窓口で始まった。希望者のみ。発行は無料。だが、申請する人は少なかった。
「マイナンバーカードを取得しても、特に使い道がない」——これが、当時の国民の素朴な感想だった。
役所の職員もまた、戸惑っていた。「このカード、何に使えるんですか?」と窓口で聞かれ、「身分証明書として……」と曖昧に答える。それ以上の答えは、まだ用意されていなかった。
2020年9月の普及率、19.4%。制度開始から4年半。10人中8人が、カードを持っていない国であった。
マイナポイントの饗宴 ― 2万円ばらまきの夏
2022年1月、王国は方針を転換した。
「使い道がないなら、お得感を作ろう」。そう決断したのである。マイナポイント第二弾。マイナンバーカードを取得し、健康保険証として利用登録し、公金受取口座を登録すると、最大2万円分のポイントが付与される——これは、実質的な現金給付に近い大盤振る舞いだった。
人々は動いた。普及率は2020年9月の19.4%から、2022年12月には53.9%まで急上昇した。1人2万円という対価が、4年半かけても20%だった普及率を、1年で2.5倍に押し上げた。
申請期限は2023年2月末。締切前夜、市役所には行列ができた。職員は連日深夜まで対応した。番号を国民全員に持たせるという十年越しの目標は、最終的に「2万円分のポイント」という対価で、ぎりぎり達成されつつあった。
コンビニの怪 ― 2023年春、別人の住民票が出てくる
2023年3月27日、横浜市磯子区。区役所に、奇妙な報告が入った。
「コンビニで住民票を取ろうとしたら、まったく知らない人の住民票が出てきました」
開発元は、富士通Japan株式会社。同社の証明書交付システム「MICJET」が、コンビニ複合機で住民票を出力する仕組みを支えていた。横浜市での誤交付は、住民票6件、住民票記載事項証明書2件、印鑑登録証明書2件、計10件・18人分。うち1件にはマイナンバーが印字されており、被害者は番号の変更を余儀なくされた。
東京都足立区、川崎市、宗像市——同じ富士通Japan製システムを使う自治体で、同様の誤交付が次々と発覚した。デジタル庁は同社にシステムの一時停止と総点検を要請した。
総点検が完了した、と発表された後の2023年6月、福岡県宗像市で再び誤交付が発生した。点検しても、すり抜けたバグがあった。
「番号で全国民を識別する」という思想と、「動作の信頼できないシステム」が組み合わさったとき、何が起こるか。王国は、その答えを国民に身をもって示すことになった。
紐付け誤りの夏 ― 7,372件の他人
2023年は、王国にとって長い夏だった。
5月、デジタル庁は公表した——マイナンバーと公金受取口座の紐付けで、別人の口座が登録されている事例が判明した、と。
当初は11件。6月7日には、748件にのぼっていた。さらに、子どもの口座を親の名義で登録するなど、家族口座の登録が約13万件確認された。
原因は、自治体窓口の登録支援端末で、前の利用者がログアウトせずに席を立ち、次の利用者が気づかずに自分の口座番号を入力してしまった、というものだった。極めて人間的な、しかし極めて深刻な問題だった。
健康保険証との一体化(マイナ保険証)でも、誤りが続出した。2021年10月の本格運用開始から2023年5月22日までに、健康保険組合などが他人のマイナンバーに健康保険情報を紐付けた事例が、累計7,372件——これは、デジタル庁・厚生労働省が公表した数字である。
自分の保険証で病院にかかったら、別人の薬歴・既往歴が表示される。報告は全国から相次いだ。河野太郎デジタル相は記者会見で頭を下げ、政府は「マイナンバー情報総点検本部」を設置した。8,000を超える保険者・自治体に、紐付けの全件再点検が指示された。
王国は、自らが築いた番号の城壁が、いかに人間のミスに脆いかを知った。
保険証廃止 ― 2024年12月、紙の終わり
2024年12月2日、紙の健康保険証は新規発行を停止した。
それは、ひとつの儀式の幕引きだった。十年以上をかけて配られた12桁の番号は、この日、紙の保険証と入れ替わることを正式に求められた。
これからは、マイナ保険証で病院に行くのが原則となる——はずだった。
しかし、現場の風景は、原則の通りには進まなかった。2024年3月時点のマイナ保険証の利用率は5.47%、10月時点でも15.67%。新規発行停止の直前まで、10人のうち8人以上が、依然として紙の保険証を医療機関の窓口に出していた。
紙の保険証は、2024年12月2日以降も最大1年間の経過措置で使えた。そして2025年12月1日、その経過措置も終わった。
マイナ保険証を持たない人、あるいは持っていても登録していない人には、加入先の保険者(健康保険組合・協会けんぽ・市町村国保など)が「資格確認書」を発行する。手元に届いたそれは——よく見ると、紙だった。
紙を廃止するために、新しい紙が生まれた。この逆説は、王国が12年をかけて到達した終着点を象徴していた。
王国の年代記
番号という名の鏡
マイナンバー制度を巡って起きたことは、誰か一人の悪意によるものではない。
ログアウトを忘れた窓口担当者がいた。印刷ファイルのロック解除を見落とした技術者がいた。同姓同名・同生年月日を「同一人物」と取り違えた事務員がいた。期日を後ろにずらせないと決めた政治家がいた。それぞれが、それぞれの持ち場で、その日のいちばん合理的な選択をしていた。
ところが、その合理的な選択を全部足し合わせると——別人の住民票がコンビニから出てきた。他人の口座にマイナンバーが紐づいた。紙を廃止するために、新しい紙が生まれた。
全体を俯瞰して「ここで連鎖する」「ここで紙が必要になる」と先に言える人は、最後までどこにもいなかった。
王国が国民に見せたのは、番号の正しさではなく、番号を運用する組織の不完全さの方だった。
12桁は、鏡だった。
そこに映っていたのは——わたしたち自身の姿だった。