電子政府王国の興亡 ― 21年で20回名前を変え続けた、国家戦略の年代記
情報処理王国史 外典第二十三巻

電子政府王国の興亡

21年で20回名前を変え続けた、国家戦略の年代記

e-JAPAN i-JAPAN
あなたは今日、住民票を取りに役所へ行った。窓口で番号札を取り、紙の申請書に住所を書き、ハンコを押し、500円を払って、紙の住民票を受け取った。当然の風景だ。
実はその裏側で、25年前に「2005年までに世界最先端のIT国家になる」と宣言した国家戦略が眠っている。その戦略は、20回名前を変えながら、最後まで窓口の風景を変えられなかった。
これは、そのほぼ完璧だった紙の戦略と、それでも紙のままだった役所の物語である。
この記事について
本稿は、2000年7月のIT戦略会議発足から、2021年9月のデジタル庁設置までの、日本政府による国家IT戦略の系譜と挫折の歴史を、実在する記録に基づいてまとめた歴史コラムです。事実関係は内閣官房・総務省・国立国会図書館・新聞報道などの一次資料に依拠していますが、章立て・語り口は外典シリーズの体裁としてやや劇的な編集を含みます。関係省庁・関係者への敬意を持って書いています。
CH.01

2000年7月7日、七夕の決断

あらすじ:七夕の日、首相官邸に集まった経営者20名が、日本のIT政策の原点を作った。4か月後の11月29日、IT基本法が成立。35条の短い法律から、21年・20回の戦略改名の旅が始まる。

1.1 七夕の首相官邸

2000年7月7日、首相官邸。

森喜朗首相のもとに、ある会議体が発足した。「IT戦略会議」である。議長は、当時のソニー会長・出井伸之。委員は、産業界・学界からの有識者20名で構成された。日本経済の頂点に近い経営者・研究者たちが集められた、首相の私的諮問機関である。

【用語解説】IT戦略会議
内閣総理大臣の私的諮問機関として2000年7月に設置された。日本のIT政策の基本方針を、政府と民間の有識者がともに検討する場として始まった。後にIT基本法成立を受けて法定の「IT戦略本部」(正式名称:高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部)に発展する。

1.2 わずか4か月で書き上げた基本法

この会議は、わずか4か月で「IT基本戦略」と呼ばれる文書を取りまとめる。

そして11月29日、参議院本会議。高度情報通信ネットワーク社会形成基本法――通称「IT基本法」が成立した。前文には、こう書かれている。

「情報通信技術の活用により世界的規模で生じている急激かつ大幅な社会経済構造の変化に適確に対応することの緊要性に鑑み、(中略)すべての国民が情報通信技術の恵沢をあまねく享受できる社会の実現を図る」
―― 高度情報通信ネットワーク社会形成基本法 前文

法律としては短い、わずか35条の基本法である。だが、ここから始まった国家プロジェクトは、その後21年にわたって日本の行政を駆け回り、20回近く名前を変え、そして最後まで「世界最先端」にたどり着けなかった。


CH.02

2001年1月22日、「5年以内」の誓い

あらすじ:IT戦略本部の第一回会合で、伝説の文書「e-Japan戦略」が決定。「5年以内に世界最先端のIT国家」を目指す宣言は、当時の日本のダイヤルアップ環境では無謀に響いた。だがインフラだけは、本当に勝った。

2.1 伝説の文書、4本の柱

2001年1月22日、IT戦略本部の第一回会合。

決定されたのは、後に伝説となる文書「e-Japan戦略」である。原文の中核フレーズはこう刻まれている。

「市場原理に基づき民間が最大限に活力を発揮できる環境を整備し、5年以内に世界最先端のIT国家となることを目指す」
―― IT戦略本部「e-Japan戦略」(2001年1月22日決定)より

戦略の重点政策分野は4本柱――①超高速ネットワークインフラ整備、②電子商取引の促進、③電子政府の実現、④人材育成。当時の日本のインターネット環境は、ダイヤルアップ接続が主流。月々の電話代を気にしながらADSL(Asymmetric Digital Subscriber Line/非対称デジタル加入者線。電話線を流用した固定ブロードバンド回線)の登場を待っていた家庭が、まだ大多数だった。

【用語解説】ブロードバンド
高速インターネット回線の総称。当時のダイヤルアップ接続が最大56kbpsだったのに対し、ADSLは数Mbps〜数十Mbpsを実現した。2000年代前半、日本ではYahoo! BBが街頭でモデムを無料配布するなどして、価格競争で急速に普及した。

2.2 インフラだけは、勝った

「5年以内」――つまり2005年までに世界最先端へ。当時の状況からすれば、無謀ともいえる宣言だった。

そして驚くべきことに、インフラ整備の数値目標は2005年に達成された。2005年、日本の家庭ブロードバンドの料金は世界最安水準、超高速のFTTH(Fiber To The Home/家庭まで光ファイバを引き込む方式)の家庭数も世界最多になっていた。

インフラだけは、勝ったのである。

問題は、その後ろにあるはずだった「電子政府」のほうだった。


CH.03

96%の電子化率と、3%の利用率

あらすじ:2002年に行政手続オンライン化法が公布。2005年までに国の申請の96%がオンライン対応に。だが利用率は一桁台のまま。「電子化したけど誰も使わない」――この奇妙な達成が、その後20年の電子政府を象徴する構造になる。

3.1 オンライン化法と96%という数字

2002年6月、e-Japan戦略の具体版である「e-Japan重点計画2002」が決定。2002年12月、行政手続オンライン化法(正式名称:行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律)が公布された。これによって、紙の書類でしか受け付けられなかった行政手続きを、オンラインでも受け付ける法的根拠が整った。

各省庁は2003年から手続きの電子化に着手し、2005年までに国の申請・届出のうち96%がオンライン対応となった。数字のうえでは、電子政府は実現したかに見えた。

3.2 ICカードリーダー・住基カード・Internet Explorer

だが、利用は伸びなかった。

国民・事業者が実際にオンラインで申請した割合は、長く一桁台にとどまる手続きが多数を占めた。電子化対応はしたが、誰も使わない。

理由はいくつも重なっていた。ICカードリーダーが要る。専用ソフトが要る。住基カード(住民基本台帳カード。2003年運用開始のICカード型住民票身分証)が要る。Internet Explorerでしか動かない。ブラウザのバージョンが違うと弾かれる。Javaの実行環境が古いと動かない。

「行政手続オンライン化率は2005年度末で96%に達した。しかし、利用率は依然として低く、特に申請件数の多い手続きにおいて低い傾向にある」
―― 総務省『電子政府構築に向けた取組』(2005年6月10日)より要約

「電子化はした。でも、誰も使わない」――この奇妙な達成は、その後20年間ずっと日本の電子政府を象徴する構造となる。

数字を整える。だが、現場では誰も使わない。誰も悪くない。誰も責任を取らない。

そして、戦略の名前だけが、また変わる。


CH.04

2006年、戦略は「II」になり、「新改革」になる

あらすじ:インフラ整備の次は「IT利活用」が合言葉に。e-Japan戦略II、加速化パッケージ、IT政策パッケージ-2005、IT新改革戦略……。5年で9つの文書が出る。しかし役所の窓口では、紙とハンコとFAXが回り続けた。

4.1 第二期戦略の7分野

2003年、政府は「e-Japan戦略II」を決定。インフラ整備中心だった第一期戦略のあとは、「IT利活用」が新しい合言葉になった。

【用語解説】e-Japan戦略II
2003年7月にIT戦略本部が決定した第二期戦略。先行する第一期がインフラ整備に偏重したことの反省を踏まえ、医療・食・生活・中小企業金融・知(教育・人材育成)・就労労働・行政サービスの7分野でIT利活用を進めるとした。だがこの「7分野」は、その後の戦略改名のたびに項目数も内容も入れ替わっていく。

4.2 戦略文書だけが、世代交代する

2004年、e-Japan戦略II加速化パッケージ。2005年、IT政策パッケージ-2005。

そして2006年1月19日、第三期戦略の「IT新改革戦略」が決定する。さらに重点計画-2006、重点計画-2007、IT政策ロードマップ……。

ここまで5年で、文書の数だけ数えても9つの戦略・重点計画がIT戦略本部から発出されている。各戦略には必ず重点分野が並び、項目数の多寡を競うように整理され、毎年更新されてはまた新しい名前で再生される。

しかしオンライン申請の利用率はほとんど動かなかった。

業界紙『日経コンピュータ』は、この時期の状況をのちにこう振り返っている。

「e-Japan戦略は、インフラ整備という第一の目標こそ達成した。しかしIT利活用という第二の目標は、戦略の名を変えるたびに後ろ倒しになり、結果として2010年代までずれ込んだ」
―― 日経クロステック「18年後の惨状を完璧に予言したのに失敗したe-Japan戦略」(2020年)より要約

名前を変える。新しい重点分野を並べる。前の戦略は「完了した」とされる。だが現場の役所では、依然として紙とハンコとFAXが回っている。

戦略文書だけが、世代交代を続けていた。


CH.05

2009年「i-Japan」、2013年「世界最先端」

あらすじ:政権交代を挟みながら、戦略は名を変え続ける。2013年、内閣法改正で政府CIOが法的根拠を得る。初代は遠藤紘一(リコー出身)。ようやく「全体を見る人」が制度化された。だが各省システムはすでに系列ベンダーと一体化していた。

5.1 i-Japan、新たな情報通信技術戦略、電子行政推進

2009年7月6日、IT戦略本部は新たな中長期戦略「i-Japan戦略2015」を決定。「i」は inclusion(包摂)・innovation(革新)・integration(統合)の頭文字――というのが公式の説明だった。電子政府・医療・教育の3分野を「重点3分野」と定めた。

だがその直後の2009年9月、政権交代。民主党・鳩山由紀夫内閣が発足する。

新政権は「i-Japan戦略2015」を引き継がず、2010年5月に「新たな情報通信技術戦略」を新たに決定。「i-Japan」は、わずか10か月で事実上の上書きを受けた。

2011年8月、菅直人内閣のもとで「電子行政推進に関する基本方針」が出る。2012年、政権が自民党に戻り、安倍晋三内閣が発足。

5.2 2013年、世界最先端と政府CIO

2013年6月14日、「世界最先端IT国家創造宣言」が閣議決定された。

宣言は、こう書き出される。

「2020年までに、世界最高水準のIT利活用社会を実現する」
―― 「世界最先端IT国家創造宣言」(2013年6月14日閣議決定)より

4年前のi-Japan戦略は2015年が目標年だった。3年前の新たな情報通信技術戦略も2020年が目標年だった。そして2013年の宣言も2020年が目標年だった。目標年だけは、現役の戦略が変わっても、ほぼ同じ場所を指し続けた

5.3 ようやく「全体を見る人」が制度になる

同年、新たな役職も登場する。「内閣情報通信政策監(政府CIO)」。初代に就任したのは、リコー出身の遠藤紘一氏。霞が関全体のITを横串で見る権限を持つ、それまで日本になかったポストだった。

【用語解説】政府CIO
Chief Information Officerの略。組織のIT全体を統括する責任者。日本政府では2012年8月に「政府情報化統括責任者」として民間人を起用したのが始まり。2013年5月、内閣法改正により「内閣情報通信政策監」として法的根拠を与えられた(同年6月、初代政府CIOに遠藤紘一氏が就任)。

ようやく「全体を見る人」が、霞が関の制度に組み込まれた。だが、各省のシステムはすでにそれぞれの委託先・系列ベンダーと一体化しており、横串で動かせる範囲には限界があった。

そして「世界最先端IT国家創造宣言」自体も、2014年・2015年・2016年と毎年改定されることになる。


CH.06

2016年、また法律ができる

あらすじ:官民データ活用推進基本法成立。戦略は「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」と長い名前に。さらに「デジタル・ガバメント実行計画」が追加。2020年には「IT」が「デジタル」に置き換わる。文書名は伸び、項目は増え、20年目が近づく。

6.1 基本法と、長くなる戦略名

2016年12月14日、官民データ活用推進基本法成立。

【用語解説】官民データ活用推進基本法
行政機関と民間が持つデータを連携させて活用するための基本方針を定めた法律。地方自治体にも「データ活用推進計画」の策定を求めた点が大きな特徴だった。だが多くの自治体では、計画策定そのものが目的化し、データそのものの連携は進まなかったという批判もある。

これに合わせ、2017年5月、戦略は再び改名される。今度の名前は「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」――題名がずっと長くなった。

6.2 「IT」が「デジタル」に置き換わる

2018年1月、政府CIOのもとで「デジタル・ガバメント実行計画」が決定。各省横断で15項目の改革を5年で進めるとされた。

2020年7月、戦略はさらに改名されて「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」――「IT」が「デジタル」に置き換わった。

ここまで2000年から数えて、IT戦略本部が決定した「戦略・宣言・重点計画」の類いは、ざっと数えるだけで20本前後になる。文書の名前は変わる。重点項目も入れ替わる。だが、コアに据えられた「2020年までに世界最高水準」「最先端IT国家」というフレーズは、20年間どこかに残り続けていた。

そして2020年が来た。


CH.07

2020年9月、20年目の答え合わせ

あらすじ:コロナ禍が20年の答え合わせをした。10万円給付金、COCOA、保健所のFAX。「世界最先端」と書かれた文書だけは増え続けてきたが、現場の窓口は紙のままだった。そして2021年9月、デジタル庁発足。21年前のIT基本法は同日廃止された。

7.1 給付金と紙の申請書

2020年初頭、新型コロナウイルス感染症の流行が始まった。

5月、全国民への10万円特別定額給付金。マイナンバーカードを使ったオンライン申請がパンクし、各市町村は紙の申請書類を地道に処理することになった。役所の窓口では、紙の申請書のほうが早かった――というニュースが、SNSで何度も流れた。

7.2 COCOAとAPIの戻り値

6月、新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA」(COVID-19 Contact-Confirming Application)がリリース。9月のアップデート以降、Android版で陽性者との接触通知が約4か月にわたって機能しなかったことが、2021年2月に発覚する。

「設定の問題。原因はAPIの使い方を誤ったことに尽きる」
―― 平井卓也デジタル改革担当大臣 会見発言(2021年2月10日)より要約。ITmedia NEWS報道
【用語解説】API
Application Programming Interfaceの略。あるソフトウェアが、別のソフトウェアの機能を呼び出すための取り決め。COCOAの場合、GoogleとAppleが提供した接触通知APIの戻り値を、開発側が想定と違う形で扱っていたため、Android端末で通知が出ない状態が続いていた。

10万円給付金の混乱。COCOAの不具合。学校現場ではGIGAスクール構想(小中学生に1人1台の学習用端末を配布する事業)の端末配布が遅れ、保健所のFAX集計が連日テレビに映る。

2000年から20年。「世界最先端のIT国家」と書かれた文書だけは増え続けてきた。だがその20年の答え合わせが、感染症のなかで露わになった。

7.3 デジタル庁発足、そしてIT基本法廃止

そして、政権が動く。

2020年9月16日、菅義偉内閣発足。平井卓也がデジタル改革担当大臣に就任。同年11月、デジタル庁の設置方針を決定。2021年5月12日、デジタル改革関連6法(デジタル社会形成基本法・デジタル庁設置法ほか)が成立。

そして2021年9月1日、デジタル庁発足。同時に、21年前に成立したIT基本法は廃止された。後継法は「デジタル社会形成基本法」。

「通常ではありえないスピードだった」
―― 平井卓也 元デジタル改革担当大臣 インタビュー発言(自民党HP「デジタル庁発足の経緯について」より要約)

20回名前を変えてきた戦略文書は、ここでようやく組織のかたちを得た。

あなたの会社にも、毎年名前を変えながら「改革プロジェクト」と呼ばれているものはないだろうか。名前が変わるたびに、新しい部署ができ、新しい会議体ができ、古い計画書が引き出しの奥に静かに積まれていく――その風景は、霞が関だけのものだろうか。

CH.08

王国の年代記

あらすじ:21年・20回の改名を時系列で並べる。e-Japan、戦略II、IT新改革、i-Japan、世界最先端――一段ずつ昇ってきたはずの階段が、横に並ぶ。
2000年7月7日 内閣にIT戦略会議発足。議長は出井伸之・ソニー会長
2000年11月29日 IT基本法(高度情報通信ネットワーク社会形成基本法)成立
2001年1月22日 IT戦略本部、e-Japan戦略を決定。「5年以内に世界最先端のIT国家」を宣言
2002年6月18日 e-Japan重点計画2002
2002年12月13日 行政手続オンライン化法 公布
2003年7月2日 e-Japan戦略II 決定
2005年12月 行政申請の電子化率96%達成。しかし利用率は伸びず
2006年1月19日 IT新改革戦略 決定
2009年7月6日 i-Japan戦略2015 決定
2010年5月11日 民主党政権下、新たな情報通信技術戦略 決定
2013年5〜6月 内閣法改正で政府CIO(内閣情報通信政策監)創設/6月14日 世界最先端IT国家創造宣言 閣議決定/遠藤紘一が初代政府CIO就任
2016年12月14日 官民データ活用推進基本法 成立
2018年1月16日 デジタル・ガバメント実行計画 決定
2020年5月 10万円給付金、オンライン申請の不備で各自治体が紙で処理
2020年9月16日 菅義偉内閣発足、平井卓也がデジタル改革担当大臣に就任
2021年2月10日 COCOA Android版の不具合発覚。「APIの使い方を誤った」
2021年5月12日 デジタル改革関連6法 成立
2021年9月1日 デジタル庁発足。IT基本法は廃止

8.補遺 戦略・宣言・重点計画 改名一覧

「20回名前を変えた」と本文で書いてきたが、実物を並べると下記の通りである。IT戦略本部(2013年以降IT総合戦略本部)が決定した戦略・宣言・重点計画・実行計画の系譜(重要なものを抜粋)。

1. 2000年11月 IT基本戦略(IT戦略会議とりまとめ)
2. 2001年1月 e-Japan戦略
3. 2001年3月 e-Japan重点計画
4. 2002年6月 e-Japan重点計画2002
5. 2003年7月 e-Japan戦略II
6. 2003年8月 e-Japan重点計画2003
7. 2004年2月 e-Japan戦略II加速化パッケージ
8. 2004年6月 e-Japan重点計画2004
9. 2005年2月 IT政策パッケージ-2005
10. 2006年1月 IT新改革戦略
11. 2006年7月 重点計画-2006
12. 2007年7月 重点計画-2007
13. 2008年6月 IT政策ロードマップ
14. 2008年8月 重点計画-2008
15. 2009年7月 i-Japan戦略2015
16. 2010年5月 新たな情報通信技術戦略
17. 2011年8月 電子行政推進に関する基本方針
18. 2013年6月 世界最先端IT国家創造宣言
19. 2014年6月 世界最先端IT国家創造宣言(改定)
20. 2015年6月 世界最先端IT国家創造宣言(再改定)
21. 2016年5月 世界最先端IT国家創造宣言(3度目の改定)
22. 2017年5月 世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画
23. 2018年1月 デジタル・ガバメント実行計画
24. 2018年6月 世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画(改定)
25. 2019年6月 世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画(再改定)
26. 2019年12月 デジタル・ガバメント実行計画(改定)
27. 2020年7月 世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画
28. 2021年12月〜 デジタル社会の実現に向けた重点計画(毎年改定。現行戦略)

CH.09

なぜ20年で答え合わせができなかったのか

あらすじ:戦略はほぼ完璧だった。それなのに2020年、給付金は紙の方が早かった。なぜか――「戦略を持つこと」と「組織を変えること」は別の作業だったから。電子政府は、戦略文書では生まれない。組織と人で、生まれる。

9.1 完璧だった戦略

電子政府の20年を遠くから眺めると、ある不思議な事実が浮かびあがる。

戦略は、ほぼ完璧だった

2001年のe-Japan戦略は、ブロードバンド普及、電子商取引整備、電子政府推進、人材育成という4本柱を立てた。21世紀の日本のIT課題として、いま振り返っても全くずれていない。

それなのに、2020年の春、給付金は紙の申請書のほうが早かった。

9.2 結果論をいくら並べても

理由を、いくつか書き並べることはできる。

オンライン申請の利用設計を、各省・各自治体が独立して進めたこと。住基カードもマイナンバーカードも、本人確認の道具として後付けで電子政府に組み込んだため、申請者の体験設計が分散したこと。各省のシステム調達が、それぞれの委託先ベンダーに最適化されすぎて、横の連携が利かなくなっていたこと。

だが、これらは結果論である。

おそらく本質はもう少し別のところにある。

9.3 戦略と組織は、別の作業だった

「戦略を持つこと」と「組織を変えること」は、別の作業だった

戦略は紙の上で書ける。重点項目を並べ替えられる。文書名を変えれば、新しい一歩を踏み出した気分になる。だが、現場の電子申請を本当に動かすには、各省の情報システム部、地方自治体の住民課、業務委託先のシステム開発会社、そして利用者である中小企業や国民――その全員の習慣を動かす必要があった。

紙の戦略は、組織の文化に届かなかった。

そして、紙の戦略を21年間積み重ねた末に、ようやく「組織を作る」という選択肢が選ばれた。それがデジタル庁だった。

9.4 英米と日本が分かれた場所

これは日本だけの病気だろうか。

おそらく違う。米国の連邦政府にも、英国のGDS(Government Digital Service。2011年発足の英国政府デジタル専門組織)にも、似た系譜はある。違うのは、英米は早い時期に「専門組織を作る」という選択肢を採ったことだ。日本はまず「戦略を書く」「重点分野を並べる」「目標年を設定する」「数値で達成度を測る」という、霞が関に最も馴染んだ方法から始めた。

そして20年後、ようやくこう気づいた。

電子政府は、戦略文書では生まれない。組織と人で、生まれる。

あなたが今度、市役所の窓口で紙の申請書を受け取ったとき、その用紙の隅に小さく印刷された「平成●年改訂」の文字を見てほしい。その用紙は、おそらくe-Japan戦略の前から生きている。20年の戦略は、その用紙の片隅に届かなかった。だが、デジタル庁が動いた次の改訂で、用紙は変わるかもしれない――それが、紙の戦略から組織への、長い長い橋渡しの意味である。
戦略の名前が、また一つ書き換えられる。
e-Japan、i-Japan、世界最先端、世界最先端デジタル、デジタル社会。
 
20回名前を変えた紙の戦略は、いま倉庫に静かに積まれている。
そのページのどこかに、2001年の出井伸之の署名と、20名の委員たちの問いかけが、まだ眠っている。
 
役所のFAXが今日も鳴る。
紙の住民票が窓口で渡される。
そしてデジタル庁の若い職員が、霞が関の隅で深夜のコードを書いている。
 
王国は名を変え、戦略は世代を交代した。
だが日々の窓口の風景は、20年前とそれほど違っているわけではない。
 
―― 戦略 改名 / 組織 起動 / 窓口 受付中
参考・引用資料
・ 内閣官房 IT戦略本部「e-Japan戦略」2001年1月22日決定(当時の名称。2013年以降は「IT総合戦略本部」に改称)
・ 高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(平成12年法律第144号)
・ 総務省『令和3年版 情報通信白書』第二期:ICT利活用の推進
・ 総務省「電子政府構築に向けた取組」2005年6月10日
・ 国立国会図書館 神足祐太郎「日本における情報政策の展開―IT基本法以降の政府IT戦略を中心に―」
・ 内閣官房 IT総合戦略本部「世界最先端IT国家創造宣言」2013年6月14日閣議決定
・ 政府CIOポータル「内閣情報通信政策監(政府CIO)について」
・ 官民データ活用推進基本法(平成28年法律第103号)
・ 内閣官房「デジタル・ガバメント実行計画」2018年1月16日決定
・ デジタル社会形成基本法(令和3年法律第35号)
・ デジタル庁「デジタル庁発足の経緯について」(平井卓也元大臣談話)
・ 接触確認アプリCOCOAの運営に関する連携チーム「新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)の取組に関する総括報告書」2023年2月
・ 日経クロステック「18年後の惨状を完璧に予言したのに失敗したe-Japan戦略」2020年
・ ITmedia NEWS「COCOA不具合の原因はAPIの使い方を誤った」2021年2月12日
・ 日本経済新聞「IT基本法 2000年制定、抜本見直しは初」2020年9月
・ 日本経済新聞「デジタル庁9月発足、関連6法成立 行政システムを統一へ」2021年5月
・ Wikipedia「e-Japan」「デジタル庁」「デジタル社会形成基本法」「平井卓也」「遠藤紘一」「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」