電話加入権王国の興亡
7万2000円で買った「資産」が、帳簿の中で化石になるまで
本記事は「情報処理王国史 外典」シリーズの一編です。日本のIT・通信・行政・ビジネスにまつわる実話をベースに、歴史書のような語り口とブラックコメディを混ぜて記録しています。数字・日付・制度名はできる限り公式資料や当時の一次報道に沿っていますが、章タイトルや比喩表現には物語的な誇張が含まれます。特定の企業・個人を貶める意図はなく、「誰も間違っていないのに、そうなってしまう」構造を記録することが目的です。
なお「電話加入権(でんわかにゅうけん)」とは、固定電話を引くときにNTTへ支払う「施設設置負担金(しせつせっちふたんきん)」を払った人が持つ権利のことです。かつては数万円する「財産」として扱われ、売買もされていました。
電話がほしければ、まず「権利」を買え
戦後の日本には、電話が決定的に足りなかった。申し込んでも、開通まで何か月も、地域によっては何年も待たされた。
電話網を全国に張り巡らせるには、電柱を立て、電線(メタル線)を引き、交換機を置く膨大な費用がいる。当時の電話事業を担っていた日本電信電話公社(電電公社。今のNTTの前身)だけでは、その資金をまかなえなかった。
そこで生まれたのが「設備料」という仕組みだった。電話を引きたい人が、建設費の一部を前もって負担する。いわば「電話網という共同事業に、加入者みんなで出資する」という発想である。この負担金を払った人が持つ権利が、後に「電話加入権」と呼ばれるようになった。
値上がりする「権利」、質屋に並ぶ
負担金の額は、時代とともに上がっていった。
設備料は1968年に3万円、1971年に5万円、1976年に8万円へと改定された。1985年、電電公社が民営化してNTTが生まれると、名前は「工事負担金」に変わり、額は7万2,000円に。1989年にはさらに「施設設置負担金」と改称された。名前は変わっても、電話1本につき7万円台の一時金を払う仕組みは続いた。
やがて奇妙なことが起きる。この「権利」そのものが、中古品のように売り買いされ始めたのだ。急いで電話がほしい人は、開通を待つ代わりに、他人の電話加入権を買った。専門の業者が生まれ、質屋の店先には「電話加入権 買います」の札が並んだ。会社によっては、電話加入権を担保にお金を借りる(質権を設定する)こともあった。
7万円台で買った権利が、市場でそれ以上の値で取引される。電話加入権は、この時期たしかに「値のつく資産」だった。
帳簿に刻まれた、消えない数字
会社が電話を引けば、払った施設設置負担金は経費で落とせる——多くの経営者はそう思う。だが、そうはいかなかった。
電話加入権は、会計のルール上「無形固定資産」に分類される。しかも、時間が経っても価値が目減りしない前提の「非減価償却資産」とされ、原則として償却できない。つまり、7万2,000円で買った電話加入権は、7万2,000円のまま、何年経っても貸借対照表(会社の財産一覧表)に残り続ける。
実際の価値がどれだけ下がっても、帳簿の数字は動かない。値下がりを理由に評価損(価値が下がった分を損として計上すること)を立てることも、原則として認められなかった。電話加入権は、単独では売上を生まないため、減損(価値の下落を帳簿に反映する処理)の対象にもしにくい。
こうして全国の会社の帳簿には、「電話加入権 72,000円」という数字が、動かせない化石のように刻まれた。今も多くの中小企業の決算書に、当時の額のまま眠っている。
半額になった日
役目を終えた制度には、いつか清算のときが来る。電話加入権にも、その日が近づいた。
インターネットや携帯電話が普及し、固定電話は「引くのが当たり前」のものではなくなった。全国のメタル線もほぼ敷き終えている。「電話網の建設費を利用者に前払いさせる」という理屈は、もう成り立たない。施設設置負担金は不要ではないか——そんな声が大きくなっていった。
2004年10月19日、総務大臣の諮問機関である情報通信審議会は、施設設置負担金の廃止を容認する答申をまとめた。既存の契約者や取引市場に配慮しつつ、NTT東日本・西日本が廃止を望むなら認められるべき、という内容だった。
ところが実際にNTTが選んだのは「廃止」ではなく「半額」だった。2005年3月1日、施設設置負担金は7万2,000円から、その半分の3万6,000円に引き下げられた。
問題は、この値下げにあたって、すでに7万2,000円を払っていた人への返金がなかったことである。昨日まで7万2,000円だった「権利」が、翌日から新規は3万6,000円で手に入る。差額は、宙に消えた。
訴訟、そして棄却
黙っていられない人々がいた。
2005年の値下げによって、自分たちの持つ電話加入権の資産価値が不当に下がった。そう主張して、2006年5月30日、全国25都道府県の37社と個人69人が、NTTと国(監督官庁である総務省)を相手取り、損害賠償を求める訴訟を起こした。
彼らの言い分はこうだ。国とNTTは「電話加入権には財産的価値がある」という前提で長年この制度を運用してきた。会社はそれを資産として帳簿に載せ、税金の計算にも組み込んできた。にもかかわらず、その価値を一方的に半減させ、返金もしないのは筋が通らない——。
しかし東京地方裁判所は、この請求を退けた。電話加入権はあくまで電話サービスを受けるための権利であり、負担金の額を見直すことが直ちに違法とは言えない、という判断だった。
法的には、決着がついた。だが、帳簿に「72,000円」と書き込んだ数字は、それでも消えなかった。
王国の年代記
相続税評価が「1,500円」になり、やがて消えた
電話加入権の「価値」は、税金の世界でも静かに縮んでいった。
相続が起きると、亡くなった人の財産は一つひとつ評価され、相続税の計算対象になる。電話加入権もその一つで、かつては国税庁が電話局ごとに定める「標準価額」で評価されていた。
その標準価額が、2014年(平成26年)ごろには1回線あたり1,500円まで下がっていた。7万2,000円で買った「権利」が、税務の世界では1,500円。買値のおよそ2%である。
そして2021年(令和3年)1月1日以降、国税庁は電話加入権を個別に評価する扱いをやめた。今では、家具や衣類などと一緒に「家庭用財産」としてまとめて計上してよいことになっている。かつて「財産」として独立した価値を認められていた電話加入権は、こうして税務の帳簿からも、そっと個室を追い出された。
誰も損させるつもりはなかった
電話加入権は、いまも制度として存在している。固定電話を新しく引けば、3万6,000円の施設設置負担金は今日も請求される(払わずに月額を上げる方式も選べる)。中古の買取相場は、かつて7万円台だった権利が、今や1,000円から2,000円ほどだ。
改めて振り返ると、この物語には悪役がいない。
戦後、電話を全国に通すために負担金を集めた電電公社は、正しかった。それを「価値のある権利」として売買した市場も、当時の実態に即していた。買値のまま帳簿に載せる会計ルールも、法律に沿っていた。値下げを容認した審議会も、時代の変化を踏まえた判断だった。半額にとどめて急激な混乱を避けたNTTの選択も、理解できる。
一つひとつは、みな合理的だった。その合理の総和が、「価値を失ったのに帳簿から消せない資産」という、誰も望まなかった状態を作り上げた。
買った額のまま、何年も動かないその数字を、最後に見たのはいつだろう。
役目を終えたのに手放せないもの——それは古い契約かもしれないし、使わないシステムかもしれないし、誰も疑わない社内の慣習かもしれない。
制度は、始めるときには誰かの必要に応えている。だが、その必要が消えたあと、制度を「たたむ」仕事は、誰の担当でもなくなる。始めるには理由がいるが、やめるにはもっと大きな理由と、それを言い出す最初の一人が要る。だから多くのものは、役目を終えても、たたまれないまま残る。帳簿の中の7万2,000円のように。