親指シフト王国の興亡
情報処理王国史 外典第九十五巻

親指シフト王国の興亡

最速の日本語入力は、なぜ標準になれなかったのか

OYAYUBI SHIFT NICOLA
この記事について
本記事は実際の技術的・社会的背景に基づいたブラックコメディ仕立ての読み物です。引用・参照はすべて実在の文献・発言・報道に基づきますが、語り口はフィクション的表現を含みます。
CH.01

270万円の日本語タイプライター

1980年5月。富士通が、1台270万円の機械を売り出した。

名前を「OASYS100」という。日本語のワープロ、つまり文章を打って印刷するための専用機である。前の年に東芝が出した日本初の日本語ワープロ「JW-10」は630万円だったから、それでも半額を切ったことになる。もっとも、この値段では、企業が専門のオペレーターを雇って使わせる業務用の機械にしかなりようがなかった。

【用語解説】ワープロ専用機
「ワードプロセッサ」の略。文章を書いて印刷することだけに特化した専用の機械を指す。パソコンとは違い、表計算もゲームもできない代わりに、電源を入れればすぐ日本語が打てた。1980年代から90年代にかけて家庭やオフィスに広く普及したが、多機能なパソコンに置き換えられて姿を消した。

このOASYS100に、ひとつの発明が載っていた。キーボードである。

当時、コンピューターに日本語を入れる方法は、まだ誰も正解を持っていなかった。英文タイプライターを真似た横一列のアルファベット。それがコンピューターの標準の入り口だった。だが、そこから日本語の漢字かな交じり文を、どうやって打てばいいのか。

富士通で日本語処理システムを率いていた神田泰典は、この問いに正面から答えようとした。タブレットに並んだ漢字をペンで選ぶ方式や、漢字に番号を振って打ち込む方式は、訓練を積んだ専門家にしか扱えない。そうではなく、ふつうの人が、考えながら文章を書ける機械がほしい。神田が採ったのは、読みをかなで打ち、それを変換する「かな漢字変換」だった。

【用語解説】かな漢字変換
「にほんご」と打つと「日本語」に変換する、あの仕組みのこと。読みを入力し、候補の中から漢字を選ぶ。今のパソコンやスマホでも当たり前に使われている、日本語入力の土台である。

問題は、その「かな」を、どのキーで打つかだった。


CH.02

親指の発見

神田は、当時の新入社員だった池上良己に、日本語キーボードの設計を命じた。

すでに1972年、かなを打つためのJISキーボードの配列は国の規格として決まっていた。だがそれは、かな1文字にキー1個を割り当てる方式で、キーが4段にまたがり、指の移動が大きかった。神田の理想とは違った。

【用語解説】JIS(ジス)
Japanese Industrial Standards、日本産業規格の略。かつては日本工業規格と呼ばれた。工業製品の寸法や品質、規格を国として定めたもの。キーボードのかな配列にも「JIS配列」という国の規格があり、今も多くのキーボードのキートップに刻まれている、あの並びである。

池上が最初に試したのは、キーを1段に減らして複数のキーを同時に押す方式だった。指の移動はなくなるが、どの指の組み合わせでも同時に押すのは難しく、うまくいかない。ところが実験を重ねるうち、彼はあることに気づく。

親指と、他の指。この組み合わせだけは、無理なく同時に押せる。

英文を打つとき、親指はスペースを叩くのに使う。だが日本語を打つとき、親指はほとんど遊んでいる。その遊んでいる親指に、シフトの役目を持たせたらどうか。左右の親指の真下にシフトキーを置き、文字キーと同時に叩けば、1つのキーで2つのかなを打ち分けられる。ホームポジションから手を離さずに。

この方式が「親指シフト」と名づけられた。

【用語解説】親指シフト
かな2文字を1つのキーに割り当て、親指のシフトキーとの同時打鍵で打ち分ける入力方式。キーボード最下段の中央に、左右2つの親指シフトキーがあるのが最大の特徴。富士通が1980年に実用化した。

配列そのものは、英文タイプライターの配列を科学的に組み替えた「ドヴォラック配列」の手法を手本にした。どのかながよく出てくるかを、早稲田大学が音声研究のために集めていたデータを借りて調べ、頻度の高いかなを打ちやすい場所に置いた。国立国語研究所の新聞語彙調査から漢字熟語3,271語を、雑誌の話し言葉から約1万5,000語を抜き出して、出現頻度を数えた。感覚ではなく、統計で並びを決めたのである。

こうして、一台のキーボードが完成した。人間が日本語を打つために、初めて日本語の側から設計された配列だった。


CH.03

数字は、正しさを証明した

親指シフトが優れていることは、感想ではなく、数字で示せた。

新聞のコラム「天声人語」の4日分、3,735文字を打つのに必要な打鍵数を、方式ごとに比べた資料がある。親指シフトは3,735打。文字数とぴったり同じ、つまり1文字1打で打てる。同じかな入力でも、JIS配列かなは4,110打かかる。濁点や半濁点を別に打つ手間があるからだ。そしてローマ字入力は、6,474打。文字数のじつに1.7倍を叩かねばならない。

【用語解説】ローマ字入力
「か」を打つのに「K」「A」と2つのキーを叩く、いま最も普及している日本語入力の方式。英字のキーだけで打てるため覚えるキーは少ないが、そのぶん打鍵数は多くなる。かなを直接打つ「かな入力」と対をなす。

速さも実測された。日本能率協会が標準時間法で比べたところ、1分あたりの入力は親指シフト83字、JISかな72字、ローマ字51字。1983年からは日本オフィスオートメーション協会などが主催するワープロコンテストで、親指シフトが4年連続で金賞を独占した。速く、正確に打てる。それが競技の場でも証明された。

学者も評価した。大阪外国語大学の倉田直臣は、1982年の論文でこう書いている。

「入力の基本であるキー配列を、コンピュータによる使用頻度の分析研究によって、理想的なものに磨き上げ(中略)この際に、使用頻度という点ではあまり科学的根拠のない五十音順やJIS配列を、きれいさっぱり捨てたF社の判断は、日本語の歴史に残すべき偉業であると言えよう」
— 倉田直臣「ワードプロセッサは日本語を変えるか」(『国文学』1982年12月号)より

日経の品目調査では、1981年に富士通のワープロがシェア首位に立った。後発でありながら、業務用ワープロのトップブランドになった。速さで選ばれた王国だった。

神田には口癖があった。「これはいずれ1,000万台売れる商品になる」。彼が見ていたのは、専門のオペレーターではなく、日本語を書くすべての人だった。


CH.04

「JISは標準である」という呪文

だが、王国の外には、性能とはまったく別の論理が回っていた。

富士通は、親指シフトを載せた最初の1号機から、JIS配列のモデルも並べて売っていた。理由を、神田自身がこう説明している。特定の企業が権利を持ち、かつJIS規格ではない親指シフトは、その性能とはまったく関係のない理由で、官公庁からの受けが悪い、と。

役所は、国の規格に沿ったものを買う。それが速いか遅いかは、審査の項目に入っていない。「JISであること」そのものが要件だった。どれほど数字で勝っても、規格の欄が空白なら、土俵に上がれない。

ならば、親指シフトをJISにすればいい。話は当然そこへ向かった。

1980年代半ば、業界を巻き込んで「新しいJISキーボード」を決める作業が始まる。富士通は、すでに売れていて評判もいい親指シフトを、そのまま新JISに、と提案した。ところが1986年に制定された新JIS配列は、親指シフトではなかった。既存のJIS配列のかなの並びを組み替えた、まったく別の配列だったのである。

審議は、通商産業省の研究機関でキーボードを研究していた委員長が主導した。その研究成果に沿って規格が決まった、と神田は書き残している。実績ある方式ではなく、新しく調べ直したデータで並びが決められた。

そして、その新JIS配列も、市場に広まらなかった。各メーカーは積極的に採用せず、出荷は伸びず、次々と作るのをやめた。1999年、新JIS配列は「利用実態がない」という理由で、日本工業規格から静かに削除された。

残ったのは、誰も最良とは言わない、あの古いJIS配列だった。


CH.05

誰も、速く打ちたくなかった

もうひとつ、王国の想定が外れたことがあった。市場そのものである。

1980年代の後半、ワープロは値下がりを続けた。1982年に75万円の「My OASYS」、1984年に22万円の「OASYS Lite」。やがて10万円を切る機種が現れ、ワープロは家電になった。神田が夢見た「日本語を書くすべての人」の時代が、ついに来たかに見えた。

ところが、家電としてワープロを買った人たちは、皮肉な使い方をした。

多くの家庭にとって、ワープロの用途は「年に一度の年賀状」か「一度作った文書の使い回し」だった。毎日、快適に、長い文章を創作したい——そんな需要は、まだほとんどなかったのである。

年に数回しか触らない道具に、練習して身につける最速の配列など、必要ない。むしろ、キートップを眺めて文字を探せるほうがありがたい。親指シフトは、その「たまにしか使わない」層には、かえって不親切に見えた。

誤解も広まった。「親指シフトを覚えると、他社のワープロが使えなくなる」。実際には、ひらがなとカタカナを両方書ける人がいるように、両方の配列を覚えることはできる。だが愛用者が「もう他の配列は打てない」と言うのを、初心者は文字どおりに受け取った。速さを誇る声が、そのまま参入の壁として響いた。

そして時代は、ワープロ専用機からパソコンへ移る。日本のパソコン市場を制していたNECのPC-9801は、親指シフトに対応していなかった。神田が予言した「作家でない個人が、日常的に文章を書く時代」——メールやブログや掲示板の時代——は、たしかに21世紀に訪れた。だがそのころには、勝負はとうについていた。人々はローマ字で打っていた。

速く打つ必要がなかった時代に、王国は最速を売っていた。速く打つ人が現れた時代には、標準はもう別のものに決まっていた。


CH.06

コンソーシアムの長い夜

新JIS化に敗れたあと、富士通は1989年、親指シフトの権利を業界団体「日本語入力コンソーシアム」に譲った。設立時の会員は、アスキー、内田洋行、ソニー、PFU、松下電器産業など7社。1社の独自規格という印象を消し、みんなの規格として広めようという試みだった。

【用語解説】NICOLA(ニコラ)
NIhongo-nyuryoku COnsortium LAyout の頭文字。日本語入力コンソーシアムが、親指シフトの仕様を一部改良して定めた配列規格の名前である。親指シフトの「その後の正式名称」と考えてよい。

コンソーシアムは、NICOLA配列を正式なJIS規格にすべく、要望書を出す。1996年10月のことだ。そこには、打鍵数も入力速度も、あの実測データがすべて並べられていた。数字はどれも、変わらず親指シフトの優位を示していた。

そして要望書は、シェアが落ちた理由を、自分の言葉でこう記している。

「ワープロ・パソコンなど低価格化に伴い、量販店による店頭販売が拡大した時期からシェアが低下している。これは、販売員とユーザーの『JISは標準である』という認識が大いに影響している」
— 日本語入力コンソーシアム「NICOLA配列キーボード日本工業規格(JIS)化要望書」(1996年10月)より

負けた理由は、性能ではなかった。「みんながそう思っている」——それが理由だった。

要望書は、実らなかった。2002年、JIS X 4064という規格の中で、NICOLAは物理キーボードの「実装例のひとつ」として紹介されるにとどまる。正式な標準の座は、最後まで得られなかった。

その後も試練は続いた。パソコンが64ビットへ移行しても、親指シフトを動かすソフトの対応は遅れ、愛用者は数年にわたって不便を強いられた。正式に追いついたのは2012年。発明から、すでに30年以上がたっていた。


CH.07

王国の年代記

1972年 かなを打つためのJISキーボード配列が国の規格として標準化される。
1979年 東芝が日本初の日本語ワープロ「JW-10」を発売(630万円)。
1980年5月 富士通が「OASYS100」を発売(270万円)。親指シフトを初めて搭載。
1981年 日経の品目調査で富士通のワープロがシェア首位に立つ。
1982年〜1984年 My OASYS(75万円)、OASYS Lite(22万円)と価格を下げ、家庭用ワープロの先陣を切る。
1983年〜 ワープロコンテストで親指シフトが4年連続で金賞を独占。
1986年 新JIS配列が制定される。富士通の提案した親指シフトは採用されず。
1989年4月 日本語入力コンソーシアムが設立。富士通が親指シフトの権利を譲渡。
1995年 ワープロ専用機としてのOASYSシリーズの開発が終了。
1996年10月 コンソーシアムがNICOLA配列のJIS化要望書を提出。
1999年 新JIS配列が「利用実態がない」として日本工業規格から廃止される。
2002年 JIS X 4064でNICOLAが「実装例」として示されるにとどまる。
2020年5月19日 富士通が親指シフト関連製品の販売・サポート終了を発表。
2021年 富士通製の親指シフトキーボードが販売終了。発売から約40年で退場。
2026年6月 関連ソフト「Japanist 10」のサポートが終了予定。王国の最後の灯が消える。

CH.08

性能は、標準に勝てない

2020年5月19日、富士通は親指シフト関連製品の終売を発表した。理由を、こう述べている。

「JIS配列キーボードがデファクトスタンダードとなっており、親指シフトの機能優位性を十分に訴求できない状況が続きました。(中略)やむなく親指シフト関連商品の販売、サポートを終了することを決定しました」
— 富士通のお知らせ(2020年5月19日)より要約
【用語解説】デファクトスタンダード
「事実上の標準」という意味。法律や公的機関が決めた規格(公的標準)ではなく、多くの人が使っているうちに、自然と標準のようになったもの。パソコンのJIS配列や、ローマ字入力は、その典型である。

40年間、根強い愛用者がいた。作家の宮部みゆき、猪瀬直樹、評論家の勝間和代——「もう手放せない」と公言する人は、少なくなかった。速く、正確に打てる。その事実は、最後まで揺らがなかった。

にもかかわらず、王国は消えた。ここに、この物語のいちばん静かな残酷さがある。

誰も、「JIS配列のほうが優れている」と判断したわけではない。役所は規格の欄を見た。量販店の店員は「これが標準です」と言った。学校はJISを教えた。買う人は、まわりが使っているものを選んだ。一人ひとりは、その場でいちばん無難な選択をしただけだ。その無難の積み重ねが、優れたものを土俵の外へ押し出した。

これは、悪意の物語ではない。「みんなが使っているから、みんなが使う」という、それだけの物語である。いったん標準が決まると、その標準は、優れているから続くのではなく、標準だから続く。乗り換えるには、まわり全部が同時に乗り換えねばならず、誰も最初の一歩を踏まない。性能の差は、この慣性の前では、驚くほど無力だった。

私たちの仕事の道具も、たいていこの理屈で決まっている。いちばん良いものではなく、いちばん多くの人が使っているものを、私たちは選ぶ。そしてその選択は、たぶん間違っていない。道具は、一人で使うものではないからだ。周りと同じであること自体が、ひとつの性能なのである。

親指シフトは、負けたのではない。ただ、勝ち方が一つしかない世界で、別の勝ち方をしようとしただけだった。


かくして王国は、静かに店じまいをした。
倉庫の奥では、親指シフトキーボードが、
最下段の真ん中に、二つのキーを並べたまま、
誰かの親指が下りてくるのを、待っている。
愛用者の机の上では、今日も指が動き、
かなが、ためらいなく画面に流れ、
その速さを、もう誰も競ってはいない。
規格の棚には、番号だけが残った。
いちばん速かった配列は、
実装例、という小さな欄に、
きちんと、しまわれている。
――入力 完了

参考・引用資料
・ 「親指シフト」Wikipedia(神田泰典・池上良己による開発経緯、新JIS配列、64ビット対応、終売の経緯)リンク
・ 日本語入力コンソーシアム「NICOLA配列キーボード日本工業規格(JIS)化要望書」(1996年10月)リンク
・ 倉田直臣「ワードプロセッサは日本語を変えるか」(『国文学』1982年12月号)
・ 神田泰典『コンピュータ 知的「道具」考』(NHKブックス、1985年)
・ 富士通「親指シフトキーボードおよび関連商品の販売終了について」(2020年5月19日)リンク
・ ITmedia NEWS「富士通、『親指シフトキーボード』の販売終了 40年の歴史に幕」(2020年5月19日)リンク