FAX聖域王国の興亡
令和の感染症を、昭和の機械で戦った国の記録
本記事は実際の技術的・社会的背景に基づいたブラックコメディ仕立ての読み物です。引用・参照はすべて実在の文献・発言・報道に基づきますが、語り口はフィクション的表現を含みます。
奇跡の機械、日本に降臨
1970年代。世界に「ファクシミリ」という機械が現れた。
紙に書かれた文字を電話回線で送り、受け取った側がまったく同じ紙を印刷できる――。
遠方の人に手書き文書を送ることを可能にした、この仕組みは革新的だった。
欧米にとって、FAXは「便利な補助ツール」にすぎなかった。
タイプライターで打った文書ならコピーできるし、そもそも手書き文書の需要も少ない。
FAXは便利だが、「必須」ではなかった。
しかし、日本にとって――この機械は、救世主だった。
理由は単純だ。漢字である。
常用漢字だけで2136字。欧米のタイプライターに相当するものを日本語で実現するには、数千のキーを持つ巨大な機械が必要だった。
実際に存在した「和文タイプライター」は、扱いに熟練を要する職人仕事だ。
しかしFAXは違う。
手書きの漢字を機械に通すだけ。学歴も資格も不要だ。
どんな複雑な字も、どんな崩し方も、受け取った側には正確に届く。
日本のビジネスマンたちはFAXに心を奪われた。
1980年代、日本のFAX普及率は世界最速で伸び、1990年代には家庭用FAXまで普及する「FAX大国」が誕生した。
電話線さえあれば文書を送れる――この自由は、日本のオフィス文化を根底から変えた。
帝国の拡大――「相手もFAXを持っている」という幸運
FAXが普及するには、一つの条件が必要だ。
受け取る側も、FAXを持っていること。
1980年代の日本では、この条件が奇跡的な速度で満たされた。
企業がFAXを導入すると、取引先との連絡が格段に速くなる。
「見積書をFAXで送ってください」「了解です」――電話一本で始まる書類のやり取り。
24時間、オペレーターなしに文書を送受信できる。相手が席を外していても、機械が受け取ってくれる。
この便利さに気づいた企業が、競ってFAXを導入した。
FAXを持つ企業が増えると、「まだ持っていない企業」はビジネスの場で不利になった。
結果、さらに多くの企業がFAXを導入した。
この正のフィードバックループが、日本をFAX大国に仕立て上げた。
日本では1990年代に家庭用FAX電話機が広く普及した。ソニー・パナソニック・シャープなどが家庭向けFAX機を積極的に販売し、電話とFAXが一体型になった機器が全国の家のリビングに置かれた。
総務省の調査によれば、2010年代に入っても日本の企業のFAX保有率は欧米主要国と比較して突出して高い水準を維持し続けていた。
世界が驚いた。なぜ、これほどデジタル化が進んでいる国が、FAXを手放さないのか――と。
世界が変わった。しかし日本のFAXは変わらなかった
2000年代。世界のビジネス通信はメールに移行した。
欧米の企業では「FAXは廃れた技術」となり、FAX機は徐々にオフィスから姿を消した。
ドキュメント送受信はメール添付が標準となり、クラウドストレージやビジネスチャットが登場した。
しかし日本では――FAXは動き続けた。
総務省「通信利用動向調査」(2020年)によれば、日本の企業のFAX利用率はインターネットや携帯電話の普及後も依然として高水準を保っていた。
ITpro(日経BP)をはじめ複数のIT専門媒体が2020年代に実施した調査では、日本企業の過半数が業務でFAXを使用していると回答した。
なぜか。
一つは「相手もFAXを持っている」という現実だ。
医師・弁護士・行政機関・金融機関――これら重要な取引相手が、今もFAXを使っている。
取引相手が変わらない限り、自分が変わることに意味はない。
もう一つは「紙が正式」という文化だ。
FAXで送られてきた文書は、「印刷された紙」として手元に残る。ハンコを押せ、ファイルに綴じられる。
「記録として残る」ことへの安心感が、FAXへの信頼を支えていた。
そして三つ目――「今まで困ったことがない」という経験則だ。
FAXは遅い。FAXは記録の検索ができない。FAXは紙を消費する。
でも、今日も届いている。今日も送れた。それ以上の変化を求めるインセンティブは、日常業務の中に存在しなかった。
コロナウイルスと、FAXと、日本の運命
2020年1月。新型コロナウイルスが日本に上陸した。
感染症対策の最前線で必要なことは何か。速やかな情報収集、迅速な集計、リアルタイムでの状況把握――。
これは本来、デジタルデータが最も得意とする仕事だ。
しかし日本では――FAXが主役だった。
医療機関は感染者情報を「発生届」という書類に記入し、保健所にFAXで送信した。
保健所の職員は届いたFAXを目視で確認し、手で入力し直して集計システムに打ち込んだ。
その集計システムが、都道府県の担当部署に報告される。担当部署が、国の機関に報告する。国が、厚生労働省のシステムに入力する。
つまり「患者が発生した」という情報が日本国民の手元に届くまでに、少なくとも複数段階の手作業を経ていた。
発生から報告まで、場合によっては数日単位のタイムラグが生じた事例も報告された。
HER-SYSという試み――デジタルと紙の「並走地獄」
2020年5月。政府は動いた。
「HER-SYS(ハーシス)」――感染者情報を電子的に管理するシステムを急ピッチで開発・導入した。医療機関がオンラインで発生届を入力し、自動的に集計できる仕組みだ。
しかし現場は、こう反応した。
「使い方がわからない」「入力が手間だ」「FAXの方が早い」。
一部の医療機関では、FAXで書類を送ってから、「後でHER-SYSにも入力する」という二重入力が発生した。
デジタル化のために導入したシステムが、現場の手間を増やすという逆転現象である。
全国の保健所ではFAXとHER-SYSを両方受け付け、整合を取りながら作業を続けた。
「デジタルと紙の並走」という最悪の状態――両方のコストをかけながら、どちらのメリットも十分に得られない――がパンデミックの最前線で展開された。
王国の年代記
「FAX廃止」を宣言した男――そして現場との温度差
2020年秋。菅義偉内閣で行政改革担当大臣に就任した河野太郎氏は、就任直後に高らかに宣言した。
「行政のFAXを廃止する!」
それは痛快な宣言だった。批判の矛先は明確で、正当性も高く、世論の支持も得た。大臣の発言を伝えるニュースは、SNSで喝采をもって共有された。
しかし――現場は動かなかった。
廃止対象となった「行政内部のFAX」は確かに減った。省庁間のFAX送受信は、メール・文書システムに切り替わった。
しかし医療機関から保健所へのFAX報告は続いた。不動産業界の重要事項説明書はFAXで送られ続けた。法曹界では「書面主義」の壁からFAXが生き残った。金融機関の一部では、「書類のFAXによる提出」が2020年代半ばも続いた。
「廃止」とは、誰が廃止するのか。
行政が廃止を宣言しても、民間は宣言の対象外だ。医療機関は医療法・厚生労働省の通達に従う。法律事務所は弁護士会の規定に従う。不動産業者は宅建業法に従う。
「FAX廃止」を実現するためには、個別の法令改正・ガイドライン改定・業界団体との協議が必要だ。それぞれに数年かかる。行政改革大臣の一声では、到底動かせない巨大な慣性があった。
FAXは悪か――公平な審判を
ここで、公平を期さなければならない。
FAXは本当に「悪」なのか。
一つ、指摘すべき事実がある。FAXは、サイバー攻撃に対して極めて強い。
メールはフィッシング攻撃に弱い。クラウドシステムは不正アクセスのリスクがある。
しかしFAXは、電話回線を通じた「画像」の送受信であり、インターネットに繋がっていない機器同士の通信だ。マルウェアに感染した「FAX」というものは、ほぼ存在しない。
医療の世界では、「患者データを絶対に外部に漏らしてはならない」という要件がある。FAXは、閉じた回線で確実に届く――この安心感が、医療現場でのFAX維持に一定の合理性を与えていた。
もう一つ。FAXは確実に届く。メールは迷惑メールフォルダに入ることがある。システムが落ちることもある。「送ったはずなのに届いていない」問題が、メールでは起きうる。
FAXは、受信した側に紙として残る。「受け取っていない」は言い訳にならない。
「確実性」「インターネット非依存のセキュリティ」「手書きに対応」――この三点で、FAXは今もいくつかの分野で合理的な選択肢であり続けている。
問題は「FAXが存在すること」ではなく、「何でもFAX」という文化が、デジタル化すべき領域にも残り続けていること」だ。この二つを混同すると、解決策を誤る。